急性骨髄性白血病(Acute Myelogenous Leukemia:AML)の寛解導入成功率は約80%に達しましたが、抗白血病療法がはじめから効かない患者さん(以後、難治例と略します)は、依然相当数います。さらに、急性前骨髄球性白血病などの一部の予後良好な白血病の型を除き、5年無病生存率(5年間白血病が再発しないで生存できる割合)も約30%と依然低率で残りは再発します。難治例や再発例で抗白血病療法の効果が得られない主な原因は、白血病細胞が薬に対する抵抗性(薬剤耐性メカニズム)を獲得するためです。薬剤耐性メカニズムは薬によって働き方が違いますが、複数の化学療法剤に同時に耐性を獲得するのが厄介なところです。AMLの治療成績をさらに向上させるためには、造血幹細胞移植や抗体療法のような、これまでとは作用機序の異なる治療法の導入が必要と考えられます。抗体とは、人や動物の体内の免疫細胞によってつくられる特殊なタンパクです。抗体は、体内に侵入してきた病原体や異物の特定部分(抗原)と結合することにより、それらを排除する働きを持っています。したがって、がん細胞が持っている抗原に結合する抗体をつくることができれば、がんの治療にも利用できます。これを抗体療法と呼んでいます。
造血幹細胞移植については「造血幹細胞移植」の各ページをご参照ください。
抗体療法に使用される抗体として、当初はマウスやラットの細胞につくらせたマウス(ラット)抗体が開発されました。しかしこれらの抗体を注射すると、ヒトの免疫に異物として認識され、人体内でアレルギーなどの有害な反応が出現してしまいます。そこで、遺伝子技術を用いてキメラ抗体、ヒト化抗体やヒト型抗体等と呼ばれる、ヒト成分が多く含まれる抗体が開発されました。
抗体療法は、作用機序から3種類に分類することができます。抗体に何も結合させていない「非結合抗体」、抗白血病作用を持つ化学物質を結合させた「抗腫瘍性化学物質結合抗体」、放射線を発する物質を結合させた「放射性同位元素結合抗体」があります。非結合抗体は、抗体が白血病細胞の表面に発現している抗原に結合した後に誘導される、免疫学的な細胞除去作用により効果を現します。一方、抗腫瘍性化学物質や放射性同位元素を結合させた抗体は、標的細胞内あるいはその周囲のごく限られた範囲で、白血病細胞に対して殺細胞効果を発揮します。その作用が標的を破壊するミサイルに似ていることから、「ミサイル療法」とも呼ばれます。AMLの細胞上の標的とされる抗原として、CD33、CD45、CD66、GM-CSF受容体等があります。現在、これらの抗原に対する抗体の開発が盛んに行われていて、今後多くの白血病治療用抗体が登場してくることが予想されます。中でも、AML細胞の表面に多く発現する抗原である CD33抗原を標的とした抗体療法の臨床応用が、最も進んでいます。
CD33抗原は、AML細胞のみならず一部の正常な血液細胞(顆粒球、単球、一部の赤芽球と巨核球系)の表面にも認められます。一方、正常な血液をつくるもとの細胞(造血幹細胞)やリンパ系細胞、そして血液細胞以外の細胞では認められないか、極めて少量発現しているにすぎません。急性骨髄性白血病(AML)では白血病細胞の80〜90%に発現し、その発現量1細胞あたり10,000〜20,000個とされています。本抗原に抗体が結合すると、2〜4時間で細胞内に吸収されます。
マイロターグは、CD33に対する抗体に抗がん剤である「カリケアマイシン」を約2分子結合させた薬剤です1,2)(図1)。図のhP67.6が抗体の部分で、複雑な構造式で表された部分がカリケアマイシンとその結合部位です。CD33に結合したのち細胞内に吸収され、細胞傷害活性を発揮します。つまり、抗体という運び屋を使って抗がん剤を白血病細胞にくっつけて、CD33を持っている白血病細胞を選んで壊す薬剤です(図2)。図3に、白血病細胞に結合したのち、細胞が壊れるまでの経過を示しました。マイロターグは、白血病細胞表面のCD33に結合します。2〜4時間以内に結合した抗体は、CD33と一緒に細胞内に取り込まれます。結合したカリケアマイシンが細胞内で外れ、このカリケアマイシンが核に移動して細胞を壊します。マイロターグが有効なタイプのCD33を持つ急性骨髄性白血病(AML)かどうかは、治療前に骨髄検査の1つとして検査しておきます。
図1
図2
図3

ワイス社資料を一部改変
マイロターグの有効性が、まず海外で検討され、その有効性が示唆されました3)。この試験では他の化学療法との併用は行われず、マイロターグだけを用いて有効性を検討しました。1回目の再発をした急性骨髄性白血病(AML)の277例に、マイロターグを投与しました。1回の投与で寛解に至らない症例には、2週間間隔で最高3回まで投与しました。完全寛解(顕微鏡的な観察で末梢血と骨髄から白血病細胞が消失し、正常な造血の回復が認められた状態)は13%、血小板の回復のみ遅れた形態学的寛解は13%で、2つを合わせた全寛解率は26%でした。
これらの臨床試験の結果を基に、米国では2000年に、FDA(食品医薬品局)の「迅速承認制度」に基づき、「他の細胞傷害性化学療法の適応がない60歳以上のCD33陽性急性骨髄性白血病初回再発患者に対し、単剤療法で用いる薬剤」として承認されました4)。しかし、上記の臨床試験ではマイロターグ単剤療法が予後を伸ばすかどうかは明らかではなく、ヨーロッパの規制当局からは、リスクとベネフィットの比較考量をした結果、承認できない旨の判断が下されています5)(2007年)。
日本でも、再発・難治急性骨髄性白血病(再発・難治AML)の20例に臨床試験が行われました6)。その内容は海外の試験とほぼ同様です。完全寛解は5例 (25%)、形態学的寛解は1例 (5%)に認められました。寛解に至った6例の、寛解導入に要した期間の中央値は62日でした。本剤の最終投与日から、感染症を起こしやすいとされる好中球数500/μl(1μlあたり500個)以下の期間の中央値は23日、また、出血を起こしやすいとされる血小板数25,000/μl以下の期間の中央値は28日でした。この国内試験と海外の試験結果より、マイロターグ単剤療法は、日本においても2005年に薬事承認されています7)。ただし、前述のとおり、マイロターグ単剤療法で再発・難治AMLの約30%に寛解が得られることは分かっており、一部では長期生存も可能です8)が、使った場合に確実に予後を伸ばすかどうかについては明らかではありません。これを明らかにするためには、マイロターグ単剤療法を試験治療とした比較試験を行う必要があります。
マイロターグは白血病細胞を標的とする特殊な治療薬ですが、副作用も存在します。主な副作用として、発熱、悪心(おしん)、嘔吐(おうと)、食欲不振、肝臓の機能障害があります。頭痛、だるさ、腹痛、口内炎等の症状も、約30%に出現します。白血球減少、リンパ球減少、血小板減少は、治療を受けた患者さんのほぼ全員に認められました。これらの減少に伴い、細菌やカビ等によって引き起こされる肺炎や敗血症などの感染症や出血を起こしやすくなります。また、静脈閉塞性肝疾患(VOD:veno-occlusive disease)/類洞閉塞症候群(SOS:Sinusoidal Obstruction Syndrome:SOS)の合併が報告されています。これは、肝臓の小さな血管がふさがれてしまい、肝臓の機能が低下し、皮膚が黄色くなる等の症状が出現するものです。これまでの報告では、強力な抗がん剤や放射線による治療を受けた患者さんに起こりやすいとされていますが、マイロターグの治療後は注意が必要とされています。VOD/SOSは、重症化すると腎臓や心臓等の重要な臓器にも害が及び、まれに死亡する場合もあります。
細胞表面には多剤耐性P糖タンパクが存在し、抗がん剤をはじめ多くの薬物を細胞内から細胞外へくみ出すポンプとして機能しています。急性骨髄性白血病(AML)の治療薬が効きにくくなったときは、白血病細胞でこのポンプを多く発現していることがあり、薬剤の必要量が細胞内に届かない状態になります。そのような症例では、マイロターグの単剤としての効果にも限界があります。
前述した静脈閉塞性肝疾患(VOD)/類洞閉塞症候群(SOS)の合併は、マイロターグの治療上特に注意が必要な合併症ですが、造血幹移植を前後に施行することでさらにVODの頻度が増加する可能性があります。特に、マイロターグによる治療の後3ヵ月半以内に造血幹細胞移植を受けた症例では、VODを合併する頻度が高かったという報告があります。
マイロターグと化学療法の併用療法は、安全性および有効性は明らかではないため(2010年11月現在)、臨床試験下で評価されるべき状況です。米国では、60歳以下の未治療AMLを対象として、標準治療であるダウノルビシンとシタラビンによる導入療法、および、大量シタラビン療法による地固め療法に対し、導入療法にマイロターグを併用し、地固め療法後にマイロターグを追加投与する治療とを比較した試験(第III相試験[SWOG S0106試験])が行われ、2009年にその結果が報告されました9)。マイロターグを併用することで無病生存期間の延長を期待していましたが、延長は認められませんでした。一方、致死的な副作用は、標準治療群0.8%(255例中2例)に対し、マイロターグ群は5.8%(260例中15例)であり、マイロターグを併用することで高くなることが明らかとなりました。
上記以外の比較試験は、日本を含め、世界中で行われていますが、現時点で標準治療を上回る成績は得られていません。
米国での承認後に行われたこの臨床試験(SWOG S0106試験)での、化学療法に対するマイロターグの上乗せ効果はなくマイロターグとの併用療法により、致死的な副作用が起こりやすいとの結果を受け、米国では製薬企業が自主的にマイロターグの承認を取り下げ、販売が中止されました10)。また、他国でも同様の流れがあり、マイロターグを承認した10ヵ国のうち薬事承認があるのは日本のみとなっています(2010年11月現在)11)。なお、同社の医療関係者向け文書には、1100例以上が登録された別の第III相試験(AML15試験)においても有効性の証明はできていないと提示されています10)。ただし、米国において製薬企業が承認を取り下げるきっかけとなったSWOG S0106試験は60歳以下の未治療AMLを対象としており、また、化学療法へのマイロターグの上乗せ効果を検証した試験です。よって、60歳以上の再発AMLに対し、マイロターグ単剤療法が予後を伸ばすかどうかは、まだ分かっていない状況とも言えます。