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秋田県のがん診療におけるPDCAサイクルの取り組み
秋田県がん診療連携協議会関係者インタビュー

秋田大学医学部附属病院

秋田大学大学院医学系研究科
医学専攻・腫瘍制御医学系・地域がん医療学講座 教授
秋田大学医学部附属病院 食道外科 医長、
腫瘍情報センター長
本山 悟
(取材日:2018年10月2日)

本山 悟先生 写真

経緯:「PDCA部会」を協議会のエンジンにするために

—まず、秋田県でPDCAサイクルの取り組みを始めたきっかけを教えてください。

着手したのは2014年です。正直、何をすればいいのかわからない状態でスタートしました。われわれは「地域で質の高い医療を提供する」ことを大切にしています。そのために、秋田県内の先生方は臨床や研究に努力されていますが、どうしても体制整備は後回しになりがちです。しかし、地域で質の高い医療を提供するには体制整備が欠かせません。PDCAサイクルを回すことは体制整備を進め、がん対策後進県の秋田県のレベルを向上するチャンスだと考えたんです。
2015年度に初めてPDCAサイクルフォーラムに参加して、東京都の取り組みについてお話を伺いました。その内容を参考にして、「秋田県がん診療連携協議会(以下「協議会」と示す。)」の中に評価・改善部会を作りました。別名「PDCA部会」です。県レベルのPDCAサイクルを回し、協議会のエンジンになるためにも、部会を協議会直属の組織として位置づけました。

「秋田県がん診療連携協議会構成図」の画像

—部会には、どのような方々が参加されたのでしょうか?

当初は、当院の病院長に会長をお願いしました。また各施設には、がん診療を担当されている副院長クラスの先生にリーダーとして参加していただくようお願いしました。これはがん診療に詳しい先生に参加していただくことで、議論を活発にするためです。また、医師だけの会にはしたくなかったので、サブリーダーという形で何名でも参加できるようにしました。実際に医師だけでなく、医療スタッフ、がん登録を担当している事務職の方などが参加しています。ほかにも、公衆衛生がご専門の先生に講演をしていただき、メンバーの皆さんの議論が活発になるような工夫をしてきました。

取り組みの概要:4つの取り組みの概要について

—これまで、どのような取り組みをされてきたのか教えてください。

1つ目はPDCAシートを活用して、秋田県全体の共通目標を作りました。
2つ目は各拠点病院の診療実績の公表です。手術件数とがん登録件数を一括調査してホームページに公表しました。施設別・病気別の生存率も、国立がんセンターより数年早く公表しました。これは秋田県独自のことで、少しは自慢できるのではないかと思っています。
統計の精度や症例数、予後の把握率など、国立がんセンターが行っているような厳密さはありませんが、ともかく公表しよう、患者さんに見ていただいて、病院選びに活用していただきたいと考えたんです。
3つ目は相互訪問です。全国の国立大学の医療安全相互訪問チェックに私も携わっていたことがあり、訪問する側にも、訪問を受ける側にもプラスになるという実感があったので、積極的に取り組みました。
4つ目は「第3期秋田県がん対策推進計画(以下「第3期計画」と示す。)」への関与です。これは、かなり気合を入れて取り組みました。

取り組み1:PDCAシートの活用

—PDCAシートをどのように作成し、活用しているのでしょうか?

2016年度のPDCAサイクルフォーラムに参加して、PDCAシートが必要だと学び、発表された内容を参考に、県全体と各病院のシートを共通書式で作成しました。県全体のPDCAシートは、その内容を部会の各メンバーに認識してもらうため、ボトムアップ型で作成を進めました。各施設の課題や改善策、先進的な取り組み、第3期計画に盛り込むべき項目などを確認しながら、目標を作っていきました。
がん登録部会では「施設別・病期別の5年相対生存率を公表し、さらに各施設で自己算出して常にアップデートできるようにする」、緩和ケア部会では「二次医療圏内で施設間のコンサルテーションシステムを作る」、相談部会では「がん相談支援センターを周知する」。これらの目標を各部会と協議会で承認いただき、県全体の目標として掲げることになりました。
各病院も、基本的には県と同じ書式でPDCAシートを作成しました。その一方で、がん検診の受診率、喫煙率、在宅ケアの3つに絞る病院もありました。各病院の実態に合わせて、自由度をもたせた方が良いという判断でスタートしました。

県全体(作業部会)のPDCAシートの図

—その後、どのように進められているのでしょうか?

評価・改善部会を年4回開催しているのですが、開催ごとにP→D→C→Aと1ステップずつ検討していきました。すでに2サイクル目に入っているところです。
全てが計画通りに進むわけではありませんが、秋田県のがん治療の質向上のため、少しでも計画を進めていきたいと考えています。

取り組み2:診療実績の公表

—診療実績を公表されるに当たって、いろんなご意見があったと思いますが、どのように進められたのか教えてください。

強調したのは、「優劣を見るため、また、ランキングをつけるためではない」ということです。評価・改善部会を設立した目的は、きちっとした評価を行うことです。評価の対象は自施設だけでなく他施設も、加えて秋田県全体の状態も把握していただくことが大切だと考えました。私たちは立場上、秋田県の状況も把握するように努力しています。しかし、各拠点病院の先生方が秋田県全体の状況を把握されているかというと、それは難しいと思うのです。
全体の状況を把握していなければ、県全体でひとつの目標に向かって進むことができません。全体の状況を把握するには、各施設の患者数、手術数、手術成績を知る必要があります。そのことを強調して、2年ほどかかりましたが、最終的に納得していただくことができました。
秋田県のがん診療連携協議会には、ほとんど病院長が出席しています。賛成にしても反対にしても、その場で決議ができ、各施設の立場が明確になるので、真剣に議論していただくことができたのではないかと考えています。
秋田県は人口が100万人で、大変コンパクトなこともあって、お互いに顔が見える関係だったことも大きいと思います。

施設別のがん手術件数を一覧表でHP上公表の画像

—診療実績はホームページでも公開されたということですが、反響はいかがでしたか?

残念ながら、マスコミにもほとんど取り上げられませんでしたし、ホームページへのアクセスもそれほど増えませんでした。一方で、がん登録の精度が上がるという予想外の成果が出ました。おそらく、成績が良くない施設は、「がん登録が問題では」と考えたのだと思います。そうなると病院長や指導的立場にある先生は、がん登録に興味を持つようになって、自然と登録に携わる職員のモチベーションも高まり、登録の精度向上につながったのではないか、と考えています。

—ほかにも成果はありましたか?

患者さんの手術率と成績を施設ごとに比較すると、差があることがわかりました。例えば、胃がんの手術率が低い施設では、おそらくESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)を多数行っているために成績も良くなっています。一方、手術率が高い施設は成績も良くない傾向があり、手術適応にならない重症の患者さんを手術している可能性があります。このように成績が悪い理由を探ったり、がん治療のバランスを確認したりするための資料にもなると思うのです。
ほかにも、秋田県の特徴を確認するため、全がん協の生存率との比較もしました。ステージ1ではほとんど差がありませんが、総合的な治療が必要になるステージ2や3のデータを比較すると、秋田県は生存率が低いという結果が出ています。このような状況を知っていただき、その上で自施設のデータを評価してほしいと考えています。

—データを分析することで、わかってくることは多いですよね。

そうなんです。私はがん登録も担当しているのですが、各施設が5年相対生存率を解析できるようになることを目指しています。そのためにセミナーを開催して、疑問がある場合は当院に問い合わせをしていただくように伝えています。生存率を解析できるようになれば、手術成績や手術率にも関心が向きます。実際、自施設で解析を行うようになった病院もありますし、がん登録の担当者からは「またセミナーを開催してほしい」との要望も出ています。
また、生存率の公表を行ったことで、自施設の状況だけでなく、他施設や県全体の状況にも目が向くようになったと感じています。評価の範囲が広がったことは、これから県全体でPDCAサイクルを回していく上で大きな力になると思っています。

取り組み3:相互訪問

—秋田県で相互訪問を始めることになった経緯を教えてください。

PDCAサイクルの取り組みを始めた頃、何をすればいいかわからない状態だったので、とにかくフォーラムに出席して情報を収集しました。自分たちの地域に合う取り組みは何かと考えた時に、「相互訪問」だと思ったんです。その後、年2回の相互訪問を続けていて、約半分の施設の相互評価が終わっています。相互訪問時には点数もつけていて、協議会の中で公表しています。
秋田県には、多くの大病院があるわけでもないし、大学病院とがんセンターがあるわけでもありません。秋田県は、当院が司令塔の役割を担っているので、その分動きやすいんです。
また、PDCAサイクル以外でも拠点病院の枠組みで動いていて、意思疎通ができています。例えば私の専門である食道がんでは、手術が必要な患者さんは、全て各拠点病院から当院に紹介されています。一方、放射線や抗がん剤の治療は各拠点病院で行っています。普段の診療から、すでにネットワークができ上がっていたんです。

—国のがん対策推進基本計画でも、PDCAサイクルの確保における第三者評価や実地調査について記載されていますが、実地調査を行う際に、心がけていることがあれば教えてください。

国立大学で行われている医療安全に関する相互訪問は、訪問先の施設を評価する形になっています。しかし一番の目的は、訪問先の施設から良いものを持ち帰り、自分たちが良いものを持っていれば相手に提供することです。互いに提案しあう対等の関係です。PDCAサイクルの相互訪問でも、同じことを心がけています。
評価結果やアンケートは回収して必ず共有しているのですが、必ず光るところがあると感じています。われわれ県拠点病院にとっても「これはすごい」という取り組みや、「自施設に持ち帰って導入するべき」と思う取り組みがあるんです。そういう情報を得られることが、相互訪問の一番の目的だと思うんです。
各施設には、訪問先の病院をチェックしたり、指導したりするために行っているのではないことを伝えてあります。そのことを、皆さん共有してくださっているのではと思っています。

—そのほかに、工夫されている点はありますか?

相互訪問の日には、評価・改善部会を実施し、最後に講演会も行っています。講演会の目的は、訪問を受ける施設が抱える課題解決の参考になるお話を、専門家の先生から伺うことです。そのため、講師選定は訪問を受ける施設に任せています。
初回はQI研究について理解を深めるため、国立がんセンターの東尚弘先生に講演をお願いしました。実は、協議会では、各施設にQI研究への参加を呼びかけていたんです。少ない労力で自施設の評価ができるし、県内の全施設に参加してもらえれば秋田県全体を評価できます。ただ私が説明しても理解してもらえなかったので、東先生にお話をしていただきました。おかげさまで、現在では県内の全施設がQI研究に参加しています。
その後、緩和ケア、放射線治療に関する勉強会が行われました。次回は、外部講師を呼ぶのではなくて、その施設の先生が、自院の放射線治療について説明する予定になっています。

取り組み4:第3期計画への積極的な関与

—第3期計画の策定にあたって、積極的に関わられたということですが、具体的には、どのような取り組みをされたのでしょうか?

実は、評価・改善部会を立ち上げた時、協議会には、第3期計画策定に積極的に関わりたいという思いがありましたが、関わり方がわからないので、がん政策サミット理事長の埴岡健一先生に講演していただいたんです。埴岡先生が、緩和医療を担当している看護師やがん登録を担当しているスタッフに向かって「皆さんも、ぜひがん計画の策定に関わってください」と伝えてくださったことが、「自分たちには関係ない」という意識が変わるきっかけになったと思っています。
そのようなことで、第3期計画の策定にあたって、県拠点病院としてわれわれも意見を出そうと、井岡亜希子先生の力をお借りして取り組みを開始しました。そして、第3期計画の策定に関わっている県職員の方とも協力しながら検討を進め、最終的には「秋田県のがんと秋田大学医学部附属病院から秋田県に対する提言—第3期秋田県がん対策推進計画策定に向けて—」という形でまとめることになりました。

—提言は、第3期計画に対してどのような位置づけになるのでしょうか?

第3期計画を理解するために、この提言を合わせて活用するように、という秋田県健康福祉部長名の通知が出ています。つまり、提言は第3期計画そのものではないけれども、計画を補足する公式なものだと認めてもらったわけです。
提言書の資料編には、アクションプランも入れてあります。ただ、この提言書を配布しても、実際に目を通していただくことは難しいと思うので、わかりやすい資料として18ページのポケット判のパンフレットを制作しました。
パンフレットの各ページには、目指す成果とそのために必要な取り組みが記入してあります。さらに、第3期計画にも記載されている目標値は赤字で、それ以外の目標値は黒字で表記することにしました。黒字の部分も公式的なものであると認識していただき、第3期計画を実現するための参考にしていただければと考えています。
秋田県の担当者には、このパンフレットを使って県や各市町村の担当者、保健所などに説明していただくようお願いしました。われわれ県拠点病院は、拠点病院と協力して、医療者に説明して第3期計画を徹底的に周知しようと考えています。

—提言をまとめるに当たって、工夫されたことはありますか?

患者さんの声を聞くためにアンケートを実施しました。数年後に再度アンケートを実施すれば改善度がわかります。施策の評価を「見える化する」というねらいもあるんです。
アンケートは、各施設に対しても行いました。結果は各施設に戻しましたが、公表していない状態です。その後、各施設の承認をいただいて、データの2次利用ができないか倫理委員会に検討していただいているところです。秋田県は非常に広い地域なので、解析してみると、地域差などがわかってくるかもしれません。

—秋田県の計画の特徴について教えてください。

最大の目玉は禁煙です。秋田県は、喫煙率が非常に高いです。さらに問題なのは、若年者の喫煙率が高いことです。この改善策として、県庁や県警などの敷地内禁煙が決まったという記事が今日の新聞に載りました。
第3期計画では、がん死亡率について12年後の数値目標が掲げられています。また県内の現状を評価して、柱となる施策が打ち出されています。1つ目が喫煙率の低下、2つ目が早期診断の推進、3つ目が医療の均てん化です。このような背景と現知事の英断もあって、敷地内禁煙が決まったんです。喫煙率を減らし、早期診断割合を高めればがんは減ります。今回、特に禁煙に関して高い目標を掲げたので、果たしてそれが実現できるのか、正直不安なところもあります。
第3期計画は、県の「健康づくり審議会がん対策分科会」が中心となって検討を進めました。私はその分科会の委員でもありますし、「協議会にも積極的に関わらせてほしい」とお願いして、承諾をいただいたという経緯もあります。第3期計画の実現は、協議会にも責任があるんです。今後は、各拠点病院とも協力しながら、計画の実現に向けて注力していこうと考えています。

本山 悟先生 写真

課題:市民を巻き込むためには

—これまで様々な取り組みをされてきて、課題だと感じておられることはありますか?

埴岡先生から、医療者は行政と協力する必要があると教えていただき、第3期計画の策定でそのための一歩を踏み出すことができました。今後は、患者さんとも協力して進めていく必要があると感じています。
また、先ほども申し上げましたが、今後、第3期計画の周知徹底を医療関係者に対して行う予定です。それとは別に、市民の方にもお伝えする必要があると考えています。行政の担当者が説明するより、われわれ医療者が説明した方が、多くの方に集まっていただけるのではと考えています。まずは、当院でボランティア活動をされている方を対象に、第3期計画を説明する会を開催する予定です。説明は、がん統計を担当している事務スタッフにお願いするつもりです。ボランティアの方に感謝の気持ちを伝えるとともに、当院が行政と協力してがん対策を進めていることを知っていただければと考えています。その結果を参考にして、市民の方を対象とした会を開催するつもりです。

今後:さらなる改善には二次医療圏別の詳細な解析が必要

—今後の取り組みについて教えてください。

今、井岡先生と一緒に取り組んでいるのが、二次医療圏別の詳細な解析です。秋田県は広いため、二次医療圏ごとの罹患率や死亡率に差があると感じています。二次医療圏ごとの詳細な解析を行い、各医療圏の状況に合わせた改善をしなければ、全体の改善もないと思うのです。ただ、例えば罹患率を調べるには、院内がん登録ではなくて全国がん登録のデータを使う必要があります。
自分たちの手元にあるデータなら、いくらでも分析できるのですが、全国がん登録のデータとなるとハードルが高いと感じています。今年度中にある程度の形にできるよう作業を進めています。
それから、第3期計画に関するパンフレットも作ったので、啓発に力を入れていきたいですね。資料を郵送するだけでなく、説明の場を設けていきたいと考えています。
これまで、速度を上げて取り組んできましたが、まだ明確な成果が出ていない状態です。第3期計画でも12年後の数値目標を掲げていて、それぐらいのスパンで見ていく必要があると思います。一方で、毎年多くの労力をかけているわけですから、少しずつでも収穫していく必要があります。そのためにも、データの解析が重要だと考えています。今後も活動を継続していくためにも、これまで以上にしっかりやらなければいけないと思っています。

秋田県はどんどん人口が減っています。だからこそ、若い人のがん対策にも力を入れる必要があると考えています。 小児がんなどの希少がんは、基幹病院との連携体制をいかに確立していくかがカギです。そのためにも、まず県内の集約化を進める必要があると考えています。
同時に、高齢化が進んでいる秋田県では、高齢者のがん治療が課題になっています。例えば、80歳を超えた患者さんに食道がんの手術をするべきか、という課題です。秋田大学では「高齢者医療先端研究センター」を含めた新たな体制が立ち上がりつつあります。高齢者医療で大きな割合を占めるのは、高齢者のがん医療ですから、私たちが指導的な立場となって、各県の見本となるような取り組みをしていきたいと考えています。

本山 悟先生 写真
更新・確認日:2018年12月20日 [ 履歴 ]
履歴
2018年12月20日 掲載しました。
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