「痛い」という感覚は、痛みの原因となる部分に分布している刺激物質が、脊髄に運ばれ、さらに脳へと運ばれます。脳に痛み刺激が伝わることで、初めて人は「痛み」を感じます。けがややけどなどの場合、人は手や足を引っ込めたり、その部分をかばう動作をします。これは、痛みの感覚が脳に伝わることで、体へのダメージを食い止めているのです。つまり、この場合の「痛み」は、危険信号の役割を果たしています。
がんによる痛みは、けがややけどのような危険信号の役割はなく、慢性的で強い痛みが持続し、人にとっては無用な痛みです。がんによる痛みを我慢していると、痛みの感覚に敏感になり、鎮痛薬が効きにくくなったり、脈拍や呼吸が速くなる、血圧があがるなど、体に悪い影響を与えます。また、日常生活の面でも、食欲が落ちたり、眠れなくなったり、体が動かせずに床ずれ(褥創(じょくそう))が起こるなど、さまざまな悪い影響が出ます。そのため、がんによる痛みは早く治療する必要があります。
がんの痛み治療には、モルヒネなどのオピオイドをはじめとした適切な薬剤があります。オピオイドは、がんのじわじわ起こる痛みを取りますが、けがややけどをしたときの危険信号である痛みを抑えることはありません。
世界保健機構(WHO)では「がんの痛みは治療できる症状であり、治療すべき症状である」と提言しています。痛み治療を受けることは患者さんの権利であり、痛みを取ることで、有意義な時間を過ごすことができます。
がんの痛みの約70%は、がん自体が周囲の組織に広がって起こる痛みです。骨に転移すると、骨膜への刺激や骨折などによって痛みが起こります。胃や腸など内蔵にがんが広がると、消化管の動きが悪くなり、腹痛が起こります。また、がんの広がりによって神経が圧迫されると、激しい、しびれたような痛みが起こります。
がんが間接的な原因となる痛みです。がんで寝たきりの時間が長くなると、筋肉がやせたり、関節が硬くなり、動かすと痛みが生じます。また、がんの痛みのために同じ姿勢で寝ていると床ずれ(褥創)がおこります。また、がんによって、起こる便秘も痛みの原因になります。
がんの治療によって痛みが出現することがあります。手術によってできた瘢痕(はんこん:傷跡)や、神経の損傷によって痛みを感じることがあります。抗がん剤治療で起こる口内炎も、痛みの原因になります。放射線治療では、口内炎や腸炎、皮膚のやけどなどで痛みが起こることがあります。
もともと持っている頭痛・関節痛など、がんとは関係ない痛みが、がんに併発して起こった痛みのことです。また、がんになると自己免疫機能が低下するため、感染症にかかりやすくなります。帯状疱疹(たいじょうほうしん)は神経を侵すので、強い痛みが出現することがあります。
昔は、痛みを我慢することが美徳とされ、痛み止めを常用するのは良くないとされてきました。しかし、痛みを長い間我慢すると、不眠になったり食欲がなくなったり、体の動きが制限され、気分がふさぎがちになります。また、強い痛みがあることで、必要な検査や治療が受けられなくなることもあります。痛みは軽いうちに治療を開始すれば、十分に緩和されるものなのです。
治療を早期に開始するためには、自分の痛みの症状を、医療者に上手に伝えることが大切になります。本当の痛みの状態は患者さんにしかわかりませんので、的確な表現をすることが重要です。「いつから」、「どこが」、「どのようなときに」、「どんなふうに」、「どのくらい」痛むのかを言葉にして表現することで、患者さんにしかわからない痛みを、医療者も共有することができます。また、痛みが、「日常生活にどのような影響を与え、困っているのか」、「痛みに対する自分なりの対処方法やその効果がどのようなものか」を表現することも、その後の鎮痛治療に大切な要素になります。
昔は、痛みを限界まで我慢して、モルヒネを使用していました。痛くなってからモルヒネを使用することを繰り返すと、体の中のモルヒネの濃度が、痛みをとるために必要な量よりはるかに多くなるため、脳細胞に悪い影響を与えましたが、薬を定期的に飲むと中毒になりません。
また、モルヒネは使用していると「耐性」ができて、だんだん効かなくなると考えられていました。しかし、実際に痛みの治療に使った場合には、痛みが強くなったときはモルヒネの増量が必要ですが、痛みが弱くなると減量できます。手術、放射線療法、化学療法で痛みの原因がなくなる場合もあり、モルヒネを減量していることも多くあります。
モルヒネは死期を早めるという考え方がありましたが、まだモルヒネの正しい使用方法がわからなかったころの考え方です。痛みに対する治療方法が確立していなかったころは、痛みに耐えられなくなって、死期が迫ってからモルヒネの注射が行われていました。衰弱した患者さんにモルヒネを注射すると、過量になりやすく死亡することがありました。痛み自体が体力の消耗を起こします。痛みに対して早くから治療を開始すると、体は元気を取り戻し、元の生活を楽に過ごすことができるようになることが多いのです。「がんの痛みは治療できる痛み」であり、治療すべき症状です。
「痛み止めの薬」のやさしい知識
痛みを我慢すると、体の他の部分に負担がかかったり、精神的にも悪影響があるといわれています。痛みがある場合には我慢せず、主治医に相談しましょう。
痛みは主観的な感覚です。本当の痛みの程度は患者さん自身にしかわかりません。薬の効果を、医療者と共有できるような「ものさし」を使って表現をしていただいたりしますが、自分の満足のいく程度の痛みの緩和は、自分で評価できることが大切です。どのような薬剤を使用しているのか、効果や副作用はどのようなものがあって、どのような対処方法があるのかを知り、実践できることが大切です。それが上手くできると、患者さんの本当に満足のいく生活を送る程度に、痛みを緩和することができます。
痛みを伝える神経は、さすったり、あたたかい感覚を伝える神経よりも細いのです。通常は、細い神経よりも太い神経のほうが、感覚を伝えるのが速いといわれています。その原理を活用して痛い部分を温めたり、マッサージをしたりすることで、鎮痛薬の効果を手伝うことができます。また、楽しい会話や心地よい場所、好きな音楽を聞くことなども、痛みを緩和するのを手伝う役割があります。これらの方法を、鎮痛薬とうまく組み合わせて使用すると良いでしょう。