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国立がんセンター中央病院 市民公開講演会 がんについて

生きがいとユーモア

更新日:2013年06月07日     掲載日:2003年07月01日

この講演録は2001年06月30日(土)に中央区立中央会館にて開催された、国立がんセンター(当時)中央病院・(財)がん研究振興財団(がん克服新10か年戦略事業)主催 第10回市民公開講演会の内容をまとめたものです。

講師:上智大学文学部教授 アルフォンス・デーケン

■はじめに

ご紹介にあずかりましたデーケンです。生まれた時はドイツ人でした。その後フランス、スイス、イタリア、アメリカなど12ヵ国で生活して国際人になりました。日本に骨を埋めるつもりですから、心の中は日本人です。今上智大学で「死の哲学」を教えています。最近は何でも省略しますから、学生は私のことを「死哲(シテツ)のデーケン」と呼んでいますね。私はもともと「私鉄」より「国鉄」のほうが好きだったのですけれども…。「デーケン」という名前が示すように、本当に「何もデーケン」ですが、今日は「生きがいとユーモア」というテーマで皆さんと一緒に考えたいと思います。

■一人のがん患者の話

本日は「がんについての市民公開講演会」ということですが、抽象的にがんについて話すよりも、はじめに一人のがん患者を紹介して、その体験について、少しお話しましょう。

その患者はドイツに生まれた人ですが、今は日本人だそうです。1995年の春のことですが、彼はがんを告知されました。当然大きなショックを受けました。手術すれば治ると言われましたが、もしかしたらもう遅いかもしれません。あるいは転移しているかもしれないのです。

その時、その患者はいろいろ悩んだのですが、特に深く考えたのは、今日の第一のテーマである「生きがい」ということでした。もし、今人生が終わるとしたら、自分の人生は果たして本当に意義のある人生だったろうかということが、まず頭に浮かんだそうです。

そしてもう1つ、彼は常々「人間らしく生きるためには、ユーモア感覚がとても大切だ」と考えている人なので、自分自身ががんとの闘いの中で、最期までユーモア感覚をもち続けていられるだろうか、苦しさに負けて「うつ状態」に落ち込んでしまうのではないだろうか、という不安に包まれたそうです。私はその患者の話を聞いて以来、人生における「生きがいとユーモア」の価値の大きさをますます強く感じています。

私はたくさんの方の前でお話しする時には、プライバシーを尊重しなければなりませんから、原則として患者の個人名は決していわないのです。でも、昨夜、その患者とずいぶん長く話をしまして、彼から「今回の講演会に限って、名前を言ってもいい」と言われたのです。ですから申し上げます。

彼の名前はアルフォンス・デーケンです。

■1.出会いと別れの意義を深くみつめる

1)「死への準備教育」とは

まず「出会いと別れの意義を深くみつめる」ことから考えましょう。結局、人生で一番美しい体験は「出会い」と「愛」ではないでしょうか。深みのある出会い、そして愛されること、愛すること。しかし、そうした愛と出会いが深ければ深いほど、別れのつらさも耐えがたいものになります。遅かれ早かれ私たちはみんな別れを体験させられます。身近な愛する人の死、そして自分自身の死。どうしてもそれはいつか必ず来ることですから、その時まで何もしないで待っているよりも、その前の段階からこれに備えて、さまざまな心の準備をしたり、そのための教育を受けたりすることが望ましいのです。ですからこれからは、死をタブー化しないで、積極的に「死への準備教育」を行う必要があると私は考えています。

「死への準備教育(デス・エデュケーション)」というのは、決して暗いニヒルな考え方ではありません。私たちは誰でも、遅かれ早かれ必ず身近な人の死と自分自身の死を体験することになります。死をタブー化しないで、自由に考えたり、教育を受けたりすることができれば、もっと人間らしく、最期まで生きがいのある人生を過ごせるのではないでしょうか。ですから私は「死への準備教育」は、そのままライフ・エデュケーションであり、よりよく生きるための教育だと考えています。つまり、いかに人間らしく死を迎えるかということは、いかに最期まで人間らしく生きぬくかということと全く同じ意味になるからです。

今日本では、亡くなる方の3人に1人はがんで亡くなります。私たちはそういう現実を無視して死をタブー化するよりも、もっと死についての現実を直視して考え、中学校や高校からどんどん「死への準備教育」を実施する方向に進むほうがいいと思います。

2)「死への準備教育」の4つのレベル

死への準備教育は、次の4つのレベルを並行して行うべきだと考えます。第一は「知識のレベル」、第二は「価値観のレベル」、第三は「感情のレベル」、第四が「技術のレベル」です。

まず知識について、私たちは学際的に広い範囲で、しっかりした知識を身につける必要があります。

価値観については、例えば人工的延命の是非や、脳死を人の死と認めるかどうか、あるいは積極的・消極的安楽死についての考察などは、単なる知識のレベルではなく、それぞれ個人の価値観が入ってきますね。例えば、私はシドニーのセイクレッドハート・ホスピスを、何度も視察に行っています。このホスピスの隣には最新医療を行う病院があって、すでに心臓移植手術を400例以上も成功させています。どちらも同じカトリックのシスターが経営しています。カトリックの考え方として、もう助かる見込みがなければ、いたずらに人工的延命を図るよりも、他者のために臓器の遺贈を勧めます。これは、人類共同体としての美しい愛の表現ですね。それ以外の医療では生きることができなかった400人以上もの人が、心臓移植を受けられたことで、今も元気でいられるのです。現在のところ、東京ではまだ心臓移植は1件もありません。これはやはり価値観の違いだと思います。ただ知識だけのレベルではないのです。

第三は感情のレベルです。私たちは、歴史や数学の講義なら感情的な反応なしに知識レベルで受けられます。けれども、死生学の講義には感情的な反応が大きいようです。例えば、家族が今入院しているような方が「死」という言葉を聞きますと、どうしても感情的な反応があります。

私たちはみんな死を恐れて忌み嫌いますが、それはある程度まで死への準備教育によって、和らげることができるのです。死に対する過剰な恐怖や不安をノーマルな状態にまで緩和できれば、最期まで生きがいのある人生を過ごすことが可能だと私は考えています。

3)死の4つの側面

日本人は「死」という言葉に対して、ほとんどの場合「肉体的な死」を思い浮かべるでしょう。でも、私は死を4つの側面に区別しています。第一は“心理的な死 psychological death”、第二は“社会的な死 social death”、第三は“文化的な死 cultural death”、最期が“肉体的な死 biological death”となります。私は世界中でたくさんの病院やホスピスを視察しました。特に総合病院や老人ホームでは、肉体的には生きているけれども、心理的な面では死を体験させられている人をよく見かけました。生きる意欲を一切失ってしまったら、これは心理的な死といえます。また、人間は本質的に社会的な生物ですから、子どもたちが見舞いに来なくなれば、高齢の父親や母親は独りぼっちで死を迎えることになります。これは社会的な死ですね。そして文化的な潤いに欠ける病院や老人ホームの環境におかれれば、肉体的な死の前に文化的な面での死を味わわされます。これからはもっと、総体的に死までの生き方を考える必要がありましょう。

4)21世紀の日本医療の課題

私は日本の医療における21世紀の課題を、それまでとは区別して考えたいのです。20世紀の大きな課題だった肉体的延命への努力は大成功でした。21世紀の日本における新しい課題として挑戦するのは、総体的延命です。つまり心理的、社会的、文化的、肉体的な面を合わせた延命です。この総体的延命を図ることが、これからの日本医療における大きな挑戦になると思います。

100年前の日本人の平均寿命は、どれぐらいだったかご存じですか。(聴衆に問いかける)50歳? あなたはノーコメント? 政治家ですか(笑)。発表します。タタラターン(笑)。100年前の日本の男性の平均寿命は42歳、女性は43歳でした。ところが、この100年間で男性は42歳から76歳に、女性は43歳から84歳まで延びたのです。すごいですね。これは日本医療のすばらしい業績です。日本の男性は、今ドイツの男性よりも長生きするようになったでしょう? ですから私は日本に来ました。賢い選択でしたね。長生きすることは本当にいいことですね。

最近私はいろいろな学会で講演することが増えました。そうした学会で講演した後、長生きするための研究発表を聞く機会も多くなりました。ある発表によると、毎日泳ぐ人はだいたい6年間長生きするそうです。私も毎朝、上智大学のプールで泳ぎます。今朝も泳ぎました。これでプラス6年ですね。それから毎日歌を歌う人は、プラス4年だそうです。私も泳いだ後、シャワーを浴びながら大きな声で3つの歌を歌います。これでプラス4年になります。そしてユーモアのある人はプラス5年だそうです。今日の講演に最後までおつき合いいただければ、皆さんもあと5年間は長生きできるはずです。この間全部計算しましたら、私は今のところ137歳まで生きられるそうです。やはり日本に来て本当によかったですね。

5)「QOL(生命や生活の質)」を高める

しかし、21世紀の新しい日本の医療や看護、社会福祉に関する課題は、ただ肉体的な延命だけではなく、総体的延命——つまり、心理的、社会的、文化的な面も合わせた延命を図ることです。これは「クオリティ・オブ・ライフ(生命や生活の質)」を改善する新しい挑戦です。

もちろん肉体的な延命を図ることは大切です。がんになっても、治って生き続けられるというのは医療の素晴らしい成果でしょう。でも、これからはもっと積極的に、生きがいのある人生を送ることを目指す必要があります。

生きがいは、喜びをもって意義のある人生を送るところにあります。どんな状況であっても、そこで生命や生活の質を改善するための努力が望まれます。そのためには、さまざまなアプローチがあります。詳しくはお話しできませんが、音楽療法や読書療法、芸術療法、あるいは作業療法、アロマセラピー、ペット療法などは、世界中の病院やホスピス、老人ホームで盛んに使われています。それらによって、その人に合わせて生命や生活の質を改善してゆくことが望ましいのです。

私は“クオリティ・オブ・ライフ quality of life”を、いつも「生命や生活の質」と訳します。「生命」あるいは「生活」のどちらか一方ではなくて、両方を合わせて高めてゆくことが必要だと思います。

6)別れは小さな死

私たちは、自分も家族もみんな元気で仲良く暮らせれば、割合平穏な日々を送ることができます。しかし人生には必ず危機が訪れます。その大きなものの1つは、愛する相手の死ではないでしょうか。私はフランスに留学した時、たくさんのフランス語のことわざを覚えましたが、特に感激し、考えさせられたのは「別れは小さな死」という言葉です。これはそのとおりですね。私たちは愛する誰かが亡くなると、その人だけではなくて、私たちの人生の一部も一緒に失われます。もう共に過ごした日々は戻りません。これは、残された人にとっては小さな死といえます。ですから、これからの医療システムの中では、この愛する相手が亡くなってからの遺族へのケアということが、大変大きなテーマになってきます。つまり21世紀の日本の社会が取り組むべき新しい課題の1つが、この遺族へのケアということなのです。

愛する相手が亡くなると、誰でも一連の悲嘆のプロセスをたどらなければなりません。医療関係者の心のこもった対応があれば、遺族も本当に支えられますが、言葉の使い方1つで、心を傷つけられて、なかなか立ち直れなかったというケースも多いのです。特に自死によって愛する人を失った遺族の場合、その悲嘆のプロセスはもっと複雑で、なかなか立ち直れません。

私は長年遺族のカウンセリングに当たった経験から、「悲嘆のプロセスの12段階」という1つのモデルをつくりました。1つ1つ説明する時間がないので項目だけあげますと、(1)精神的打撃と麻痺(まひ)状態、(2)否認、(3)パニック、(4)怒りと不当感、(5)敵意とルサンチマン(恨み)、(6)罪意識、(7)空想形成、幻想、(8)孤独感と抑鬱(よくうつ)、(9)精神的混乱とアパシー(無関心)、(10)あきらめ—受容、(11)新しい希望—ユーモアと笑いの再発見、(12)立ち直りの段階—新しいアイデンティティーの誕生、の12段階です。もちろん、全ての人がこの順序通りに通過するわけではなく、戻ったり重複したりしながら、短くても1年はかかります。

7)悲嘆教育の実践を

私はドイツ生まれですが、ドイツにも美しいことわざがあります。“Geteilte Freude ist doppelte Freude, geteiltes Leid ist halbes Leid.”。皆さんはドイツ語もよくおわかりだと思いますけれども、念のために日本語でも申し上げます。「共に喜ぶのは二倍の喜び、共に悲しむのは半分の悲しみ」。私たちはうれしい体験があれば、そのうれしさを、まず誰かに話したくなりますね。うれしい体験をした時、うちに帰って夫に「今日はこういう素晴らしいことがあった」というと、夫が読んでいた新聞を置いて一緒に喜んでくれれば、それは二倍の喜びになります。でも「ああ、そう」と言っただけで新聞を読み続けていたらガッカリしますね。同じように、苦しい体験があっても、電話で話したり、そばに座って聞いてくれたりする人がいれば、きっとその苦しみは、半分とまではならなくても、少しは楽になると思います。

これからの医療に対する私の大きな期待の1つとして、医療スタッフが死に直面している患者の家族に、悲嘆についての教育をすることができないかと考えています。例えば妻が亡くなると、残された夫の死亡率は通常の4倍になったという調査結果もあります。患者さんが亡くなると、残された患者さんの家族も死別の悲嘆に苦しんで病気になることが多いのです。遺族が立ち直るための援助は、予防医学と考えていいと思います。この悲嘆教育にもう少し人材や経費をかけることは、長い目で見れば医療費の節減にもつながると私は主張しているのです。

愛する人が亡くなる時に備える教育が、“グリーフ・エデュケーション grief education”(悲嘆教育)です。これを毎日病院に来る患者さんの家族に、医療スタッフの誰か——医者でも、看護婦でも、あるいはソーシャルワーカーでも——から、悲嘆のプロセスなどについて、少しでも話す時間をつくるようにしたら、残される側の悲嘆の受け止め方がずいぶん違ってくるのではないでしょうか。

8)立ち直りに向けて

アメリカの著述家ウィル・デューラントは「大きな苦しみを受けた人は、恨むようになるか、優しくなるかのどちらかである」と述べています。そのとおりですね。ある人は、愛する相手を失った恨みからなかなか抜け出せません。病気で亡くなれば、適切に対応してくれなかった医療関係者に対する恨み、交通事故の場合は事故の加害者に対する恨みです。そこから立ち直れずに、何年もそのままの人もいますね。しかし、その逆に苦しい体験を通して他者への思いやりを深めて、大きく成長する人も必ずいます。

私は上智大学の公開学習センターで、ホスピス・ボランティア養成講座を毎年行っています。毎回200人ぐらい参加します。4月から7月まで12回、いつも金曜日の夜の講座で、7時から8時半までです。受講者でいつも一番多いのは20代の人です。私は何人かに聞きました。どうしてホスピス・ボランティアを志望するのかと。そこで、2つの全く違う動機があることがわかりました。1つのグループは「家族を総合病院でみとったのですが、ひどい死に方でした。これからはもうこんな死に方をする人がないようにしたい」という動機からでした。もう1つのグループは「家族が最期にホスピスですばらしいケアを受けた。そこでボランティアの優しい配慮に感動した。私もぜひ恩返しをしたい」という人たちでした。私はホスピスだけではなく、これからは一般の総合病院や老人ホームの中でも、もっとボランティア活動をする人が増えてほしいと願っています。

私は20年前に上智大学で、日本最初の「生と死を考えるセミナー」を主宰しました。今私の趣旨に賛同するグループは、北海道から沖縄まで全国に47もあります。5,000人ぐらいの会員は全員ボランティアで、地域に根ざした活動をしています。東京には私を会長とする「東京・生と死を考える会」があります。この会の目標は3つです。第一は死への準備教育の普及促進を目指す、第二は終末期医療の改善と充実、ホスピス運動の発展に尽くす、第三は死別体験者の分かち合いの場をつくり、その立ち直りへ向けて、共に歩む。この3点です。例えば今、毎月3つのグループが上智大学内で集まります。1つは配偶者や身近な方を失った方のグループ、1つは子供を失った親の集い、もう1つは今特に多い、自死によって身近な方を亡くされた遺族のグループです。これらの人たちはそれぞれに、同じ体験者同士としてお互いの苦しみを分かち合い、慰め合っています。こうした出会いを重ねる中から、いつか立ち直りへの道に一歩を踏み出せるようにと、私はいつも祈っています。

■2.生きがいの探求

1)潜在的能力を開発する

私は「生きがい」を探求する道の1つとして、それぞれ自分の中にある貴重な「潜在的能力(ヒューマン・ポテンシャル human potential)」を開発することをあげたいと思います。人間はみんな素晴らしい能力の可能性を秘めた存在です。しかし、ほとんどの人は、それを自分の中で眠らせたまま、十分発揮させていないのです。生きがいを求める上でも、自分の中の潜在的能力の可能性を開発することは大切です。

上智の学生は、よく英語とドイツ語だけでも大変だといいますが、私が学んだドイツの中・高校では、4つの外国語が必修でした。まずラテン語、二番目はギリシャ語、三番目は英語、四番目はフランス語でした。それで全然無理ではなかったのです。ただこうした学習には動機付けが大切です。私の父はよく言っていました。「将来大学で教えたいのなら、ラテン語とギリシャ語を知らないとドイツの大学の先生にはなれない」と。英語とフランス語は、ヨーロッパでは日常生活のためにも必要です。ですから、私たちは動機付けさえあれば、語学習得に潜在的能力を発揮することができると思います。

少し前の新聞に出ていたことですが、ローマ法王ヨハネパウロ二世は、ロシアのウクライナに行った時、ミサの説教を全部ロシア語で行ったそうです。また、去年ミレニアムの計画の1つとして、世界中から300万人の大学生がローマに集まりました。私の教え子も何人か参加しましたが、その時ローマ法王は、若者たちに、それぞれの母国語であいさつしたそうです。60ヵ国語だったといいます。皆さんもちょっと想像してみてください。やはり大変ですね。でも、法王には世界中から来た300万人の若者をできるだけそれぞれの母国語で歓迎したい、という強い動機がありました。今の法王はさまざまな集まりで、ドイツ語、ロシア語、ラテン語、フランス語、英語、ポルトガル語など、12ヵ国語くらいは流暢(りゅうちょう)に話されます。それ以外に日本語、韓国語、中国語なども、これは原稿を見ながらですが、実に正しい発音で読みあげられます。

私たちは、誰でもたくさんのヒューマン・ポテンシャルを持っているのですが、残念ながら多くの人はそれを十分に開発しないままでいます。もちろん、誰でもすぐローマ法王のようにはなれませんから、私はまず、今日の第二のキーワードである「ユーモア感覚」という貴重な潜在能力を、もっと開発してほしいと考えています。若い時はみんな明るく生き生きとしていますね。学生たちはいつもニコニコしてユーモアにあふれていますが、四ツ谷駅から中央線に乗って、中年以降の方たちの顔を見ると、あまり輝いていませんね。高齢になるとますますき真面目な顔が多くなります。私はいつも、本当は逆であるべきだと思うのです。年齢を重ねて人間的に成長するとともに、ユーモア感覚も豊かに発揮していければ、もっと明るく豊かな「第三の人生」(定年後の人生)を送れるのではないでしょうか。

2)愛と平和、光と真実

生きがいについて、私が大変感動し尊敬している人に、ドイツの哲学者、アルフレッド・デルプがいます。

第二次世界大戦中のドイツでは、彼は反ナチ運動のリーダーでした。37歳の若さでヒトラーの命令によって処刑されたのです。彼はベルリンで処刑される直前に、刑務所の中で、生きがいについてこういう美しい文章を残しています。「もし一人の人間によって、少しでも多くの愛と平和、光と真実が世にもたらされたなら、その一生には意味があったのである」。彼にとっては、どれほど長く生きるかではなくて、どれほど意義のある人生を過ごしたかということのほうが大切だったのです。

彼の基準というのは、私たちが毎晩眠る前に、その日一日を振り返ってみるのにも役立ちます。もし今日、自分の努力により、少しでも多くの愛と平和、光と真実が世にもたらされたとしたら、その日は意義のある一日だったと神に感謝しましょう。しかし、愛の代わりに夫婦げんかをしたり、平和の代わりに隣の人と争いを起こしたり、光の代わりにペシミズムを広めたり、真実の代わりに誰かの悪口を言ったとしたら、その日は意義のある一日ではなかったと反省しなければなりません。これは本当に自分が生きがいのある一日を過ごしたかどうかを考える上での、1つの基準にできると思います。

3)「雨でもハレルヤ」で!

私は来日後しばらくして、学位をとるためにニューヨークのフォーダム大学大学院で学びました。私の父の姉はシスターとして、若い時からアメリカで働いていましたが、そのころはシカゴで老人ホームを経営していました。私はそこで夏休みを過ごし、ボランティアとして毎日介護を手伝いながら、お年寄りの生き方に接する機会を得たのです。それが英語で初めての著書『第三の人生』を書くきっかけになりました。ほとんどの人は生き生きと暮らしていたのですが、その中の何人かは、朝から晩までいろいろなことをくよくよと思い煩っていました。例えば、明日は雨が降るだろうか降らないだろうかというようなことです。これは、ばかみたいな心配でしょう? お天気は自分でどうしようもありません。雨は降れば降る、降らなければ降らない。どちらかです。いくら明日の天気を心配してもどうにもなりませんね。それ以来私のスローガンは、「天気でもアーメン、雨でもハレルヤ」に決めました。

つまり、私は自分でコントロールできることは一生懸命にやりますが、自分ではどうにもコントロールできないこと——つまり雨が降るかどうかなどは、心配しても仕方がないですね。ですから、生きがいのある人生を送るのには、必要でない思い煩いからの解放が大切です。「だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは、明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。」(マタイ福音書・6章34節)と聖書に書いてあるとおりですね。

4)「告知」はコミュニケーションの前提

次は「病名告知」について少しご一緒に考えましょう。

私は数年前に厚生労働省の末期医療に関するケアのあり方の検討会の委員の一人でした。その時2年間にわたって、がん告知についてもずいぶん委員同士でディスカッションしたのです。私はがん告知を、ただ病名を告げるか告げないかということではなく、もっと広いコミュニケーションの枠の中で考えたいのです。人間はどんなに苦しい状態におかれても、その苦しい体験を誰かに話すことができれば、少しは楽になりますね。ですから、医者と患者、看護師と患者、または家族と患者との間に、真実を土台としたもっと心の通うコミュニケーションが築ければ、それは患者のクオリティ・オブ・ライフを改善する道になります。その前提の1つとして「がん告知」があると思います。

がん告知について2つの実例を挙げましょう。1つは上智大学の「死の哲学」の受講生に毎年のようにあることです。この講義はいつも600人ぐらいの学生が受けていますが、1年のうちに必ず何人かの学生の親が亡くなります。例えば、一人の学生が6月ごろ私の研究室に来て、「私の父はがんの末期で、今郷里で入院しています。医者はがん告知をしない方がいいと私たち家族に言うのですが、どうしたらいいでしょうか」と尋ねられます。

そういう時、私はいつも「あなたはもう、かなり死の哲学を勉強しましたね。講義の中で私はがん告知とコミュニケーションについてもずいぶん話しました。これから郷里へ帰ってすぐ父親に、『本当はがんなのです』と言ってはいけません。まず家族の中で話し合ってください。そして告知した方がいいというコンセンサスが得られたら、医者から告知するように頼んだらどうでしょうか」と答えます。

夏休みが終わって11月ごろになると、その学生が私の研究室に来て、「父の葬式で、先週は死の哲学を欠席しました。がん告知の後で、私は父と初めて大人のレベルで話すことができました。それまで知らなかった父の人間性に触れることができたのです。それまでの父とのコミュニケーションは、お金が必要な時だけでしたから」と、苦笑しながら自分の心境を語ってくれました。

その学生は父と過ごす最後の夏休みだということを十分に意識して、父親の話を聞き、コミュニケーションを深めるためにできるだけの努力をしたのです。その時彼の父親ははじめて、自分の息子に、自分の価値観や理想、息子に対する希望などを、死を前にして全部話すことができたのです。これはその父親にとって最高の喜びだったと思います。そして息子の側から見ても、父と過ごした最後の夏休みの思い出は一生涯の貴重な宝物ですね。いつまでも心の中に残っています。ですから、がん告知というのは、ただ病名を告げるか告げないかということではなく、もっと広い意味で、家族の絆をしっかり結びつける大切なテーマなのです。

5)最期の「アイ・ラブ・ユー」

もう1つの実例は、ロンドンのある病院で、私の友人の精神科医に聞いた話です。あと三日くらいしかないと思われるがん末期の患者さんの奥さんに廊下で会うと、彼女はその精神科の医者に向かって「私の主人がもう治らないがんだということを私はよくわかっています。でも、彼はとても弱い人なので、何も言わないでください」と頼んだそうです。それから、医者がその患者の病室へ行くと、患者からすぐ「先生、私はもう治らないがんだとよくわかっていますが、私の妻はとても弱い人です。彼女には何も言わないでください」といわれました。

次の日、奥さんと患者が一緒に病室にいる時、その精神科の医者は二人に言ったそうです。「お二人とも病気のことはもうよくわかっておられるのですから、ゆっくり話し合われたらいかがでしょうか」と。それからその患者は、奥さんが後で困らないように、大切な鍵はどこにあるかとか、保険や会社の状態について、また、すぐ借金をせがむような「困った」親戚のことなど(笑)、いろいろなことをすっかり教えて、最期の日には、「ありがとう、ありがとう、アイ・ラブ・ユー」を何回もくり返して亡くなりました。

患者が亡くなる時、私はいつも次の2つのことを考えます。1つは、その人の死が人間らしい死に方であったかどうか。第二は遺族について、立ち直るために何か特別なカウンセリングが必要かどうかということです。

今お話ししたロンドンの病院の患者について考えますと、本当に人間らしい美しい死に方だったと思います。最期まで妻に対する思いやりと愛を示しながら逝ったからです。そして残された妻の方は、皆さんも想像がつくでしょう。彼女は一生涯、夫を思い出せばいつでも、その最期の日の「ありがとう」と「アイ・ラブ・ユー」が、心の中に響いているでしょう。これはこの妻にとって、立ち直りへの一番大きな支えになっています。

ですから、何度も強調しますが、患者がどんな形で死を迎えるかは、それからの遺族の心に非常に大きな影響を与えます。遺族が悲嘆のプロセスを上手に消化して立ち直れるかどうかは、患者が亡くなった時の状況によって、大変助けられたり、あるいはかえって大きな重荷を背負わされたりすることにもなるのです。そういう意味でも、がん告知は、しっかりしたコミュニケーションを築く土台だと私はいつも考えています。

がん告知については、医療関係者にも発想の転換をお願いしたいのです。デンマークの実存哲学者キルケゴールは、“Der Helfer ist die Hilfe.(助け人自身が助けである)”という美しい文章で、これを表現しています。私たちは普通、助けるといえば、相手に対して何かを「する」ことと考えるでしょう。例えば病院であれば、手術をしたり、薬を飲ませたり、介護して助けることをまず考えます。それももちろん必要ですけれども、キルケゴールが言っているのは、最期の段階では、助け人自身の人格的な温かさの方が大切だということです。そこにその人が「いる」こと自体が、大きな助けになるということですね。

■3.心の絆を結ぶユーモア

1)「第三の人生」への6つの課題

私は定年後の年代に対して「第三の人生」という呼び方を使います。日本ではよく定年退職の後を「第二の人生」と呼びますが、国際的には、生まれてから教育を受けて自立するまでを「第一の人生」、社会人として働く時期を「第二の人生」、それ以後を「第三の人生」という呼称が定着しています。ですから、欧米の学会で、日本の論文に「第二の人生」と書いてあるのは間違いではないかといわれることが多いのです。その「第三の人生」には6つの大切な課題があると、私はいつも考えていますので、それをお話しましょう。

1つは「手放す心を身につけること」です。執着を断つことですね。今までに私はたくさんの患者の死をみとりましたが、一番悲しかったのはニューヨークのある総合病院での経験でした。その患者は、医師の診断では、あと1時間くらいでしょうという時になっても、私に「銀行へ行って、私の口座にドルがどれくらいあるか調べてくれませんか」と言ったのです。あと1時間で死ぬという状態なのに、まだ執着しているのは金銭だけでした。私は本当に悲しかったですね。その時本当は「天国ではもうドルは通用しませんよ」と言いたかったのですが(笑)、それは言いませんでしたけれどね。

第二は「許しと和解」です。昔から日本では、和の文化が重んじられています。ですから死ぬ前に特に大切なのは、許しを得たり、許しを与えたり、和解することですね。内的な不調和を抱えたままでは、素直に死を迎えられない人が多いようです。人を許せるのは、自分が弱いからではなく、真の強さの証しだと思います。他者を許せない人は、終わりのない憎しみと恨みの悪循環に支配されます。もちろん過去の出来事を変えることはできませんけれども、その事実の受け止め方を変えることによって、自分自身をより豊かな人格へと成長させることはできます。

第三は「感謝の表明」。私は多くの遺族の方の話を聞きましたが、やはり「ありがとう」という最期の言葉は、残された人にとって本当に大きな喜びとなり、立ち直りへの支えになります。これはもちろん逆のケースもあります。15年間も寝たきりの夫の母親の介護をしてきたのに、一度も「ありがとう」と言われなかったと、涙をこぼして訴える人もいました。

第四は「さよならを告げること」。旅立つ前には、きちんと別れのあいさつを交わしたいものです。そして5つ目は「遺言状の作成」。先ほどお話したロンドンの患者のように、法律的なこともきちんとしておくことです。後で家族の間で相続などの争いが起こらないようにしておくことは、残される妻に対する最期の愛の表現でもあるわけです。

そして6つ目は「自分なりの葬儀方法を考え、それを周囲に伝えておく」ことです。お葬式はその人の人生のドラマの最期の幕でしょう。それをただ葬儀業者の言いなりに任せるのではなく、普段から自分の希望を家族や周囲の人たちに伝えておくほうがいいと思います。

2)最期まで人間らしく

「神よ、私に、変えられないことはそのまま受け入れる平静さと、変えられることはすぐにそれを行う勇気と、そしてそれらを見分けるための知恵を、どうぞ、お与えください」という、中世からあるカトリックの祈りの言葉は、現代にも通じる大切な意味を含んでいます。私たちの人生には、特にがん患者になったならば、自分では変えられないことがたくさん出てきますね。私たちはそれを受け入れる平静な見極めが必要です。しかし、その一方で、がん患者になってからでも、まだいろいろなことができるのです。「第三の人生」への6つの課題——これはがん患者にとっても大切な課題になりますが、どう対応するかは自分で決めることができます。がんになったからといって、ただ死を待つのではなくて、積極的に最期まで自分の人生を生き抜くことですね。

私の母国語であるドイツ語では、「死ぬ」ということを2つの違う動詞で表現します。動物が死ぬことは“フェアエンデン”、人間が死ぬことは“シュテルベン”です。動物は病気や老衰で、ただ受け身的に死を迎えますが、人間の死を意味する“シュテルベン”には、自分なりの生き方を全うするという積極的な意味があります。人間の死に対しては、“フェアエンデン”は決して使いません。

3)「動物的な真面目さ」と「人間的なユーモア」

私はユーモアを人生の潤滑油だと考えています。ユーモアというのは、もともと医学的な概念でした。身体の中の液体、つまり「体液」のラテン語“フモール”の複数形を“フモーレス”といいます。これがユーモアの語源です。中世の医者は、体液がスムーズに流れていれば人間は健康でいられる、と考えていたようです。私もユーモアは、健康を保つために大切だと思います。

私はドイツでの子供時代に、人間は笑うことができる唯一の生物だと聞きました。そこで早速私は1つの実験をしました。そのころ私は12匹の猫を飼っていました。我が輩は猫が好きでした。その12匹の猫を全部並べて、その前でいろいろ変な顔や格好をしたのですが、1匹も笑ってくれませんでした。もしかしたら、全部ドイツの猫でしたから、私の実験の目的を十分にわかってくれなかったのかもしれません。といいますのは、私が四国のある大学の医学部でこの話をすると、一人の学生が手をあげて、「先生、私の猫は笑うことができます」と言ったのです。四国の猫は大したものですね。もちろん、犬や猫も全身でいろいろな感情を表現しますが、人間の顔の表情ほどの豊かさはありませんね。人間は顔の表情だけで「アイ・ラブ・ユー」を伝えることができます。

4)ユーモアは愛と思いやりのあらわれ

日本では“ジョーク”と“ユーモア”を同じ意味で使う人が多いようですが、私はいつもはっきり区別します。ジョークは頭から頭への技術のレベルです。言葉の上手な使い方とか、タイミングのよさなどですね。しかし、きついジョークは、相手を傷つけることがあります。一人を対象にしたきついからかいのジョークでは、他の人はみんな笑うかもしれませんが、対象にされた人は傷つきます。これはユーモアではないのです。残酷なジョークはユーモアではありません。私はユーモアを心と心の触れ合いから生まれる温かい思いやりだと思います。相手に対する思いやり。これがユーモアの原点です。今日は、まず生きがいについて詳しく話しましたが、生きがいをもって心豊かに生きるために大切なのは、ユーモア感覚を磨くことでしょう。ドイツ語で真面目過ぎる人のことを表現する決まり文句は、“ティアリッシャーエルンスト”といいます。「動物的な真面目さ」という意味です。人間はユーモアがないと動物に近づくと考えてもいいですね。これを逆にいいますと、ユーモアが豊かであればあるほど人間らしいということになります。

私はこういうことを時々テレビなどで話しました。例えば学校内のいじめや校内暴力が頻発する原因の1つは先生方が真面目過ぎて、そのために生徒が退屈して、そのはけ口をいじめや暴力に向けるということもあるのではないでしょうか。そんなことをテレビで話したところ、中学校の校長先生たちから「ユーモア感覚の勧め」というテーマで、中学校の教科書に書いてほしいと頼まれました。しかも国語の教科書だというので、「外国人が国語の教科書に書くなんて冗談でしょう」と答えたのですが、これも1つの挑戦だと思って書きました。光村図書の『中学国語II』です。6年間使われて、毎年百万部印刷したそうです。今はもう載っていませんが、書いた時、面白いことがありました。これは教科書ですから、文部科学省は非常に真面目に私の文章を分析したそうです(笑)。内容は全くOKだったのですが、問題になったのは、最後のページの著者の顔写真の下に、私が「アルフォンス・デーケン、上智大学教授」と書いたことです。これを文部科学省は大変心配したらしいです。中学生がこれを読むと、みんな上智大学に入りたくなるのではないかということですね。その結果、あちこちの大学がつぶれたり、真面目な東大も困ったりするのではないか(笑)。そこで安全第一ということで、文部科学省は「上智大学教授」を消しました。「アルフォンス・デーケン、ドイツに生まれ、現在は日本で生活している」と訂正して6年間無事に使われました。それでみんな安心したわけです。

5)ユーモアと笑いによるコミュニケーション

ユーモアと笑いは、温かいコミュニケーションを築くためにも役立ちます。患者は医師や看護師の優しいほほ笑みによって、慰めや励ましを受けます。これは無言のコミュニケーションですね。患者さんは、別に言葉を交わさなくても、笑顔によって自分が受け入れられていると感じて、元気付けられます。きつい顔だったらノー・コミュニケーションでしょう? 冷たい壁に向き合っているようですね。でも、ちょっとでもニコニコしますと、これは気持ちのいい無言のコミュニケーションになります。ですから、医療関係者の方は、いつも患者さんに接する時、笑顔による無言のコミュニケーションを大切にしてください。

私はあちこちで看護師のために、ターミナル・ケアについての講義を頼まれます。日本の看護師さんはすごく親切ですね。この間もある地方で、ターミナル・ケアについて話すことになったら、もうホテルもとったというので、私は電話で何というホテルですかと聞きました。そうしたら、やはり「ターミナル・ホテル」でしたね(笑)。そうした機会に私は看護師さんによく言うのです。「朝、患者さんのところへ行く前に、ちょっと自分の顔を鏡で見てください」と。それはコミュニケーションのできる明るい顔かどうかを、まず自分で確かめてほしいということです。優しいほほ笑みは、何よりも看護する人の心の温かさを患者さんに伝えることができますから。

6)ユーモア感覚を開発する

皆さんの中にあるユーモア感覚を開発するためには、どうしても広い視野と心のゆとりが必要になります。ユーモア感覚を豊かに発揮するには、その人自身の人間性を豊かにすることが大切です。私たちは、ユーモア感覚を磨くことによって自分自身の人格をもっと豊かにすることができると思います。病院の中であれば、患者さんと医療者とのコミュニケーション、患者さん同士のコミュニケーションの上で、ユーモアはとても大切です。笑いながら同時に腹を立てることは不可能でしょう。やってみてください…。できないでしょう? デーケンもデケン。ですから病院と限らず、毎日の生活のあらゆる場面で、温かいコミュニケーションを築くユーモア感覚は、とても大きな役割を果たしますね。

私は哲学を教えていますが、日本の哲学の講義は、主にデカルトからはじまります。皆さんは、デカルトの哲学とデーケンの哲学の主な違いはどこにあるか、ご存じですか? デカルトには「われ思う、ゆえにわれあり」という有名な言葉があります。デーケンの哲学は「われ笑う、ゆえにわれあり」ということです。やはり人間は笑いによって、ユーモアによって、人間として、もっと豊かに生きることができると思います。

7)自己風刺のユーモアの大切さ

最後はユーモアについての、ドイツで一番有名な定義で終わりたいと思います。それは、“Humor ist, wenn man trotzdem lacht.”ユーモアとは「にもかかわらず」笑うことである、ということです。この「にもかかわらず」の意味は、私自身は今苦しんでいますが、それ「にもかかわらず」、相手に対する思いやりとしてほほ笑みを示す、笑顔で接するということです。

私がこの「にもかかわらず笑う」ユーモアの大切さを発見したのは、私の人生で一番つらい時期でした。私がフランスからの船で横浜に着いた時、私の日本語の知識はただ2つだけでした。「サヨナラ」と「フジヤマ」ね。誰かに「フジヤマ」は間違いだと指摘された時には、非常にがっかりしました。私の日本語の知識はなんと50%も誤っていたからです(笑)。それから一生懸命日本語を勉強したのですが、なかなか上達しません。最初の二年間くらいは、日本の中にいながら、全くコミュニケーションがとれませんでした。

そのころある親切な日本人の家庭に招待されました。その家族は誰もドイツ語はできず、英語が少しわかるだけだと聞いて、心配になった私は、一人のアメリカ人の友達に相談しました。すると彼は言いました。「あんまり心配しなくても大丈夫です。3つのルールを覚えてください。第一にニコニコしてください。第二によくうなずいてください。第三に、たまに『ソウデスネ』といってください」(笑)。私はその3つのルールをよく覚えて、招待された家へ出掛けました。おいしいごちそうを食べながら、よくうなずいて、5分に1回くらいの割合で「ソウデスネ」といいましたら、奥さんはとてもうれしそうな顔で「まあ、よく日本語がおわかりですね」と言いましたが、私には何もわからなかったのです。割合うまくいったのですが、ごちそうの終わりごろに大きな危機が訪れました。奥さんが「おそまつさま」と言った時、私もニコニコしながらうなずいて、ちょうど5分たっていましたから、心から「ソウデスネ」と言ったのです(笑)。奥さんの顔色が変わったので、何かまずかったらしいとは気がついたのですが、そのまま帰りました。

戻ってから、3つのルールを教えてくれたアメリカ人の友達に「『おそまつさま』とはどういう意味ですか」と聞きました。友人は言いました。「君はまさかその時『ソウデスネ』と言わなかっただろうね」。「いや、心から『ソウデスネ』と言ったよ」。

「おそまつさま」の意味を知った私は、自分に対して激しい怒りを感じましたが、次の瞬間、このドイツのユーモアの定義を思い出したのです。自分の失敗を謙虚に認めて、それを相手と一緒に笑いのタネにしてしまう自己風刺のユーモア感覚を磨くことによって、今のギスギスした世相も、少しずつ明るく和やかなものに変えていけるのではないでしょうか。

■おわりに

今日の講演の出発点としてお話したように、私自身もがん告知を受けた経験がありますから、がんという病気のつらさや苦しさはよくわかっているつもりです。しかし、日本の医療技術の進歩のおかげで、病名を告知されても、手術や薬によって、大勢の人が治って元気に働くことができます。こういう国で暮らせることを、私たちは、もっと日本の全ての医療関係者の方々に感謝しなければならないと考えています。

そして、たとえどのような人生の危機に遭遇しても、その中での生きがいをどう持つかについて深く考えましょう。その時にこそ「にもかかわらず笑う」という、思いやりに満ちた真のユーモア感覚の大切な意味も、本当に自分のものにできるのではないでしょうか。

今日はご清聴ありがとうございました。
2001年6月30日(中央区立 中央会館 大ホール)

--出典--
診療と新薬 第38巻第10号(2001年)
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