わが国では人口の高齢化に伴い、がん患者における高齢者の割合も増加しています。全国がん登録データによると2016年に罹患したがん患者の割合は、73.8%となっています1)。
高齢のがん患者は、複数の併存症をもっている割合が高く、臓器機能が低下していることも多いため、がんの治療により合併症が発生しやすい、副作用が遷延しやすいなどの傾向があります2)。その一方で、全身状態が良好である高齢者においては、若い患者と同様の治療効果が期待できるため、高齢という理由だけで治療の対象から除外すべきではないと、米国のNational Comprehensive Cancer Network,(NCCN)による「高齢者のがん治療」のガイドライン2)でも指摘されています。そのため、高齢患者に対してがん治療を行う際、その患者の全身状態と余命を考慮し、治療を行うリスクとメリットのバランスを検討することが求められます。しかし、個々の患者の余命を的確に推測することは不可能です。そこで、高齢者総合的機能評価などを行うことで、その患者の全身状態が同じ年齢の高齢者と比べ、良いのか、普通なのか、悪いのかを判断し、下の表にある余命の情報から、その患者のおおよその余命を推測することができます。
Cancer Epidemiology, 2014; 38(5): 512より引用
(※厚生労働省“22回生命表(完全生命表)の概況”(2017-03-01)を基に作成)
図1は、わが国の高齢者の生命表(2015年)の情報3)を基に、寿命が長かった高齢者の順に上位25パーセンタイル(第一四分位)、50パーセンタイル(中央値・第二四分位)、75%パーセンタイル(第三四分位)であった方の余命をグラフ化したものです4),5) 。
例えば70歳の高齢者が100人いたとします。その100人を寿命の長かった方から順に並べると、寿命が最も長い人から25番目の人は70歳からさらに21.1年生存し(91.1歳まで生存した)、50番目の人は15.9年生存し(85.9歳まで生存した)、75番目の人は10.1年生存した(80.1歳まで生存した)ということをこの図は表しています。全身状態と余命が関連すると仮定すると、それぞれ、全身状態の良い人、普通の人、悪い人のおおよその余命と考えることができます。
NCCNの「高齢者のがん治療」のガイドライン2)では、この表を用いて次のような設問を考慮することが提案されています。
(1) がんを治療しないことで、がんが進行し、余命まで生きられない可能性はどの程度であるか? (2) がんを治療しないことで、余命を全うする前にがんによる症状や合併症が出現すると考えられるか? (3) がんの治療に耐えられるか?
例として、がんの治療をしたくないと考える全身状態の良好な70歳の早期がんの男性に対しては、「あなたのような元気な70歳の男性ですと、治療して完治すればおおよそ20年生きられます。治療をしなければ、おそらくあと○○年でこのような症状が出現すると考えられます。」などの情報を示し、本人がより多くの情報を基にインフォームドコンセントを行うためのツールとして利用できます。
最後に注意点として、余命の情報だけでは治療や検診を行うか行わないかの判断を行うことはできないことを強調します。NCCNによる「高齢者のがん治療」のガイドライン2)にも記載されているように、どのような治療を行うかは、本人の希望、治療や検診のリスクとメリットを十分理解できているかなどを含め本人の状態を総合的に見て考慮する必要があります。検診に関しては、高齢人口の中で検診の死亡減少効果が何年目で表れるのか、そして検診を行うリスクは何かというエビデンスが無ければ、その検診を行うべきか判断ができません。ですので、この余命の情報は、インフォームドコンセントの際の1つの材料として利用してください。
【参考文献】
1) 厚生労働省 がん登録 全国がん登録罹患数 2016年速報,2019年 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/gan/gan_toroku.html 2) National Comprehensive Cancer Network. “NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology (NCCN Guidelines) Senior Adult Oncology”. [Version 2.2015]. Available from: http://www.nccn.org/professionals/physician_gls/pdf/senior.pdf 3) 厚生労働省(大臣官房統計情報部人口動態・保健社会統計課)“第22回生命表(完全生命表)の概況”(2017-03-01)http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/22th/index.html,(2019-06-21参照) 4) Iwamoto M, Higashi T, Nakamura F.: Cancer Epidemiology, 2014; 38(5): 511-514. 5) Walter LC, Covinsky KE.: JAMA, 2001; 285(21): 2750-2756.