広島大学病院
がん治療センター センター長
杉山 一彦
(取材日:2018年1月17日)
経緯1:現状を知るため、まず県内全拠点病院を回る
—まず、広島県でPDCAの取り組みを始めたきっかけから教えてください。
第2期のがん対策推進基本計画が出た2012年、私は、県内の診療連携を取りまとめる「がん治療センター」のセンター長を拝命しました。そして5月には現況報告の提出準備を始めました。指定要件の「必須事項」はすんなり埋まるのですが、「原則必須」や「対応することが望ましい」は難しい項目もありました。7月には、全国の連絡協議会で広島県の取り組みを発表し、その場で、第2期の基本計画には「PDCAサイクルの確立」が加わるという説明がありました。すぐに着手する必要があると思い、最初はがん拠点病院の指定項目がクリアできているかを確認しようと考えました。ただ、7月の会議でPDCAサイクルを回すにあたって、確立項目が決められているわけではないとの説明があったので、1年単位でいくつか確立を確認する項目を決めて、それに関して県内各病院がPDCAサイクルを回す形はどうだろうと考えました。
1年目は外来化学療法と、がん登録をテーマにすることにしました。アンケート方式で調査を行うことも考えたのですが、私がしばらくの間がん拠点病院の取りまとめ役を担当させていただくので、全ての病院を訪問しておきたいと思ったからです。私自身、広島県内のどの病院ががん拠点病院で、院長先生は誰で、どのように病院間で連携をしているのか、全くわからない状況でした。
訪問は、がん登録を担当している診療情報管理士、化学療法室の薬剤師、患者支援センター事務担当者と一緒に回りました。当院については、第三者にチェックしてもらうため、近くの県立広島病院から来てもらう形をとりました。実際にやってみて、各院の院長先生やがん拠点病院の担当窓口の先生にも会えたし、実際の現場を見ることができて大変よかったと思っています。
—先生がセンター長になられた2012年は、PDCAという新しい概念が入ってきた時期ですね。ほとんどの県では、まだ行動ができていない時期でした。
正直なところ、PDCAという言葉をそのとき初めて知りました。何をすればいいか全くわからない。そんな状態でした。
前年度の現況報告で、大事な項目の中でも、すぐに「はい」に印をつけられない項目がありました。PDCAについても、県内の全ての拠点病院に関わることであり、今着手しないと翌年同じことになると考えました。そういう状況だったので、一歩踏み出せたのだと思います。
—ところで、各病院を訪問するという方針は、どのように決められたのですか?
広島県では、夏と冬に「広島県がん診療連携協議会」を開催しています。そこで、夏の会議で計画を説明させていただきました。PDCAサイクルを回すテーマとして、1年目は外来化学療法とがん登録を取り上げることと、事前に質問項目をお知らせした上で私が各病院を訪問して説明を聞かせていただくことです。
—出席されていた方々の反応はいかがでしたか?
ピンとこないという感じの反応をされた方が多かったと記憶しています。「それは監査のようなものですか?」という質問があったので、「まずは現状を把握して、各拠点病院の具体的な回答内容がわからないような形で、調査結果を全病院で共有することが目的です」と説明しました。また、各病院のご担当の先生にお会いして、ごあいさつさせていいただく機会にしたいという説明もしました。反対意見はほとんどなく、比較的スムーズに決まりました。
—他県の事例でも、訪問を行おうとすると「見られるのは困る」「受け入れる準備が大変」といった意見が出る場合があると伺っています。
ほかにも、比較されるのが嫌だといった声もありました。私たちも「ランク付けのために調査を行う」と誤解されることを危惧していたので、「病院別に公開することはいたしません」と説明しました。
取り組みの概要:1年目の経験から「わらしべ長者方式」を導入
—実際の訪問は、どのように行ったのでしょうか?
二次医療圏内ごとに、圏内にある病院を1日かけて回りました。ただ、広島市内は病院の数が多いので2日にわけて訪問しました。
—ご準備が大変だったのではないでしょうか?
外来化学療法に関しては、質問項目を決めるのに時間がかかりました。私が当院の外来化学療法室の担当なので、困っていることを並べたというのが実情です。
例えば現況報告の際にレジメンをどのように数えているか、内服の抗がん剤と注射が混じっている場合はどう扱うか、といった内容です。ほかにも、化学療法室の当番をどう決めるか、レジメン審査の方法なども質問しました。
個人的には、例えば化学療法室の予約について、各病院が日程と時間をどのように決めているかを知ることができて、大変勉強になったと思っています。
—訪問調査では、調査を受ける側は、ほかの病院の取り組みを聞ける一方、訪問する方もいろいろ学べる機会になるというお話を伺います。まさにそのような状況だったのでしょうか?
はい。訪問に同行した、がん登録部門の妙田さんも同じだったと思います。がん登録部門に関しては、普段から定期的に県内で研修会を開催する等、登録部会の活動を行っていたものの、ほかの病院の登録室を訪ねたことは一度もなかったそうです。
妙田 そうなんです。私にとっても、すごく勉強になりました。こんなやり方があったんだと思ったり、他の病院の担当者にもお伝えして情報共有した方がいいと思ったりすることもありました。
—聞き取った内容は、県内で共有されているのでしょうか?
報告書としてまとめ、ホームページでも閲覧できるようにしてあります。また、翌年の広島県がん診療連携協議会でも報告しました。
—初年度は杉山先生が全ての病院を訪問されたわけですが、2年目も同じ方法で行われたのですか?
いえ。2年目と3年目は「わらしべ長者方式」で行いました。
—なぜ変えられたのでしょうか?
初年度の調査は、私自身すごく勉強になったので、他院の先生方にも体験していただきたいと考えました。また、私が全て回るとかなり時間がとられてしまうという理由もありました。
—他院の先生方も訪問された方がよいと考えられたのですね。
その通りです。当初、ペアをつくって相互訪問するという案もあったのですが、これだとひとつの病院のことしかわかりません。そこで、ある病院から訪問を受けて、それとは別の病院を訪問することにしました。この方法を、おとぎ話の「わらしべ長者」をもじって「わらしべ長者方式」と呼ぶことにしました。
—「わらしべ長者方式」による調査の初年度は、相談支援をテーマにされたということですが、関係者の方も一緒に回られたのでしょうか?
はい。できる限り、相談支援の部門の代表者にも同行していただくようにお願いしました。また訪問を受ける側に対しても、院長先生と各拠点の代表者の先生には、最初の部分だけでも立ち会っていただきたいとお願いしました。
効果:他院から学び、課題に気づく機会ができた
—これまで取り組んできたテーマに関して、改善につながるアクションは始まっているのでしょうか?
残念ながら、各病院のアクションを評価するまでには至っていない状態です。例えば1年目にテーマとして取り上げた外来化学療法については、数年後に再度相互訪問をしてチェックする形にしたいと思っています。
—他院を訪問したり、他院から訪問されたりすることで、まずは現場の方々が学び、気づいていただく機会をつくることを重視されているということでしょうか?
その通りです。それにしても包括的なPDCAサイクルではなく、毎年トピックスを決めて行う方法を評価していただいてほっとしています。
—広島県のようにトピックスを限定すれば、同じ領域の調査は数年に一度になります。その分、成果も明らかになりやすいので、活動を継続するモチベーションも高くなるのではないでしょうか。
たしかにそうですね。われわれも、こういう形で活動を取り上げていただくと励みになります。
—都道府県がん診療連携拠点病院だからこそ、声がけできる立場にあると思います。よいきっかけづくりになったのではないでしょうか。
ありがとうございます。訪問調査は症例数などを比較するために行っているのではなく、自院の現状を確認して、改善策を考えてもらうためです。会議だけでなく、実際に対面して、よいところや改善点について意見を交わす。そういう機会も大事ではないかと思います。
今後:拠点病院に求められる機能を先取りする
—これまでの調査項目を見ると、「化学療法」「院内がん登録」「相談支援」「緩和ケア」と、拠点病院が果たすべき重要な機能がテーマとして取り上げられています。
そうなんです。患者数や治療内容は十分に把握されているので、なかなか手が回らない部分を聞きに行こうという発想です。
—第3期の基本計画も出た今、現場でお仕事をされている先生のお立場から、今後、広島県ではこういう取り組みをしたいとお考えのことはありますか?
私自身、妊孕性ガイドラインにも関わっていることもあるので、妊孕性温存と希少がんをテーマにしたいと考えています。AYA世代のがん患者の方に対して、まだ妊孕性温存の説明が十分にできていない状況だと思うのです。まずは現状や問題点を把握していただくために、現在調査項目を詰めているところです。その中で、今後のプランについても質問をして、3年後ぐらいに進行状況を確認したいと考えています。
相互訪問は、他院の取り組みを知る仕組みにもなる
—希少がんのお話が出ましたが、県内での取り組みは、現在どのような状況なのでしょうか?
正直、あまりよくわからない状況です。私は広島大学出身ですが、広島大学の関連病院があるのは尾道あたりまでで、そこから東の地域には岡山大学の関連病院が多いんです。病院名や院長先生のお名前は存じているのですが、その先生の人となりや、病院のようすはよくわからない。そういう事情もあって、1年目に全病院を回らせてもらいました。
例えば肉腫の場合、骨由来であれば整形外科がハンドリングしているのだと思いますが、軟部由来の場合はどこがハンドリングしているのか、また、患者さんの流れがどうなっているのかについては、おそらく資料がないと思います。調査でヒアリングをさせていただき、うまくまとめられたらと考えています。
—スムーズな連携をどうすればいいのか、例えば妊孕性温存の必要がある患者さんを、どのように妊孕性温存に取り組んでいる施設につなぐのか。そうしたことを話し合うのは、重要ではないかと思います。
広島大学は小児がんの拠点病院なので、小児については県内にとどまらず中四国の患者さんの流れを把握できています。われわれがやるべきことは成人の希少がんになりますが、まず思い浮かぶのは肉腫です。ほかにも、臨床研究法の施行にあたって課題となっている適応外使用の問題です。ジェムザールやドセタキセルの使用についても、院内で悩んでいるのではなく、他院の取り組みを知ることが大事ではないでしょうか。そのための仕組みづくりが必要だと思うんです。
—ぜひ、新たな取り組みに挑戦していただき、結果を情報発信していただくようにお願いいたします。それが、他県にとっても参考になると思います。
PDCAフォーラムや全国の都道府県の会議に出て他県の取り組みを知ることは、すごくためになります。広島県の次のアクションを考える際の参考になると感じています。ぜひ、私たちも情報発信していきたいです。
各担当者へのインタビュー
2014年度 テーマ「院内がん登録」
広島大学病院
病歴管理センター 診療情報管理士
妙田 秀未
(取材日:2018年1月17日)
—質問票の項目は、どのように決められたのですか?
妙田 以前、国立がん研究センターで行われていた実地調査の際の質問項目と、日々の研修会などで皆さんから質問や相談を受ける内容を参考にして決めさせていただきました。
—成果について、お聞かせください。
妙田 PDCAをきっかけに、県内の方と関係が密になったことと、困っていることを共有できて、部会として取り組むべきことを考える際の参考になりました。具体的な成果としては、がん登録の集計表作成に困っている施設があることがわかったので、部会で話合いをし、広島県内16のがん拠点病院で共通した集計表を作成する事にしました。
—訪問調査でわかった課題を、部会で対応されたということでしょうか?
妙田 はい。広島県内16のがん拠点病院で同じ集計定義・項目で集計表を作成しそれを各拠点病院のホームページにアップするという取り組みを継続して行っています。
—ほかに計画されていることはありますか?
妙田 登録の精度アップを検討しています。各施設でがん登録の集計表を作成する際に、簡単なエラーであれば、登録間違いに気付く仕組みができないかということを検討しています。
2015年度 テーマ「がん相談支援センター」
広島大学病院
医療支援グループ 主査
(がん治療センター主担当)
吉村 聖香
(取材日:2018年1月17日)
—調査項目は、どのように決められたのですか?
吉村 鹿児島県での取り組みを参考にしながら、広島大学病院のがん相談支援センターで案を作りました。それを情報提供・相談支援部会で提案して、いただいた意見をもとに調整を加えていきました。
—現況報告とは違って、現場の知りたいことが含まれていると感じました。
吉村 現況報告は、どの施設でも大変だと思うので、「重複することは聞かないようにしよう」ということでスタートしたと思います。
—成果について教えてください。
吉村 調査を通して各病院の課題がわかったはずなので、それが各病院での取り組みにつながったと思います。
今年度から、情報提供・相談支援部会としてPDCAを回す取り組みが始まっています。指針で相談支援センターの体制や業務が定められていますが、病院ごとにそこからひとつを取り組み項目として選び、1年間の計画を部会に提出していただきます。そして半年ほど後に進行状況を発表、年度末に成果報告と相互評価を実施する予定です。協議会が行った訪問調査が、部会独自の動きにつながり、とてもよかったと思っています。
杉山 部会で動きが始まっていることは、初めて聞きました。PDCAの取り組みとして、1項目ずつ取り上げるやり方を恐る恐るスタートさせましたが、それがきっかけになって部会でも活動が始まったようです。思いきって一歩を踏み出してよかったと思います。
—部会での取り組みは、来年度も継続される予定でしょうか?
吉村 今年度が初めての取り組みなので、年度が終わったところで効果などを検証した上で、来年度以降の取り組みを部会で検討することになると思います。
2016年度 テーマ「緩和ケア」
広島大学病院
緩和ケア部門ジェネラルマネージャー
主任看護師長
家護谷 五月
(取材日:2018年1月17日)
—質問項目は、どのように決められたのでしょうか?
家護谷 調査票のフォーマットは、前年度にがん相談部門がつくったものを使いました。調査項目は、年2回開催している、「広島県緩和ケアチーム等連絡協議会」で課題となった項目を含めて決めていきました。ほかにも現況報告と重ならないこと、また、「力を入れていることや困っていることをお互いに確認し合うために行う」という調査目的を頭に入れて項目を考えました。
—結果はどのようにまとめられたのですか?
各病院の調査結果を一覧にし、項目ごとに拠点病院全体としての課題の有無を抽出し、報告書は、全県の傾向としてまとめました。自由記載の欄も設けて記入していただいたのですが、そこには、各施設の課題や今後取り組みたいこと等も含まれており、まとめる際の課題に含めました。自由記載の良かった点は、「特に力を入れていること」も記入していただいたので、この調査が、日頃の取り組みを振り返り、自信をもってもらうきっかけになったのではないかと思います。
—「わらしべ長者方式」を体験されて、どんな印象をもたれたのかについて、お聞かせください。
他院から訪問を受けることは、改めて自分たちのことを見直す機会になりました。その上で他院を訪問することは、とてもよかったと思います。自分たちができていることや、できていないことが明確になりました。
訪問では相談室を見せていただくだけでなく、患者さん向けの掲示板まで確認しました。実際に訪問をされた方からは、「参考になった」という意見が多かったです。事前に質問項目に対する回答を出してもらっているので、訪問時には確認作業とディスカッションだけで済みます。1時間ほどで終了するので、訪問する側もされる側も、それほど負担は大きくなかったと思います。
—調査票を拝見すると、項目もしっかり考えて作られていると感じました。作るのは大変だったのではないでしょうか?
家護谷 はじめてのことなので、項目をつくるのも大変だったのですが、調査票の整理とまとめにも時間がかかりました。自由記載の記入量が予想以上に多かったんです。ただ、整理やまとめをすることは、当院が取り組まなければならないことがわかってきたりして、すごく参考になりました。