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がんの再発、不安と向き合う

更新・確認日:2019年04月23日 [ 履歴 ]
履歴
2019年04月23日 「患者必携サイト」から移設しました。
2013年10月15日 普及新版(2013年9月発行)の内容に更新しました。
2012年02月01日 掲載しました。
このページは、書籍「患者必携」シリーズの内容を抜粋して掲載しています。

1.余命の不安はあっても今日を元気で楽しく

余命半年と言われた。こんなに元気なのに、そんなことあるわけないと思った。なぜだか死なない気がする。きっと大丈夫だよ。来年咲くことを楽しみに花を植えた。でも、もしかしたら、その花も見られないのかもしれない。私の体の中には確実に「がん」があるのだから。そんなことを考えると怖い、怖くてたまらない。だから考えない。先のことは考えない。だって今日は元気なのだから。今日一日元気で楽しく過ごそう!

広島県、64 歳、男性

2.消えない不安と向き合って

私はたえず、不安で不安で仕方がないのです。まるで細い糸の上に、やっとの思いでバランスをとりながら立っているようで、何かのはずみで、プツンと切れてしまうかもしれない感じです。目の前に自分の死を突き付けられているんです。

それでも、自分の生と死に真っ向から向き合って、闘って生きていかなければならないのです。私だけではなく、再発がん患者はみんな抱え切れない不安と闘いながら生きています。

広島県、52 歳、 女性

3.元気になった日常でも消えない恐れ

再発がんの治療が無事に終わり、今は経過観察をしながらごく普通の生活を送っています。仕事も家事もして、趣味も楽しんで、他人から見たら健康な人とほとんど変わらないし、自分でもあまり病気を意識しない毎日。

そんな私ですが、体のどこかが少し痛かったり、少し調子が悪かったりすると、「またがん細胞が動き出したんじゃないか?」という不安がよぎります。毎月の定期検査のたびに1カ月ずつ寿命を更新している感覚があって、検査結果が出る直前はいつも緊張してしまいます。生きている限りこの不安と緊張がゼロになることはないと思うから、これからも心の片隅に置いておくつもりです。

岐阜県、27 歳、女性

4.通院の帰り道に気づいた花

気が付くといつも下を向いて歩いている私がいました。周囲と違う空気を吸っている気がしました。私だけが不幸な人、かわいそうな人と思い込んでいました。通院の帰り道、アスファルトの土だまりにけなげに咲いたスミレの花を目にし足が止まってしまいました。考えてみれば走り続けた人生、花に気付く余裕もありませんでした。がんになったことはつらいけれど下を向くのも立ち止まるのも悪くないと思った瞬間でした。

広島県、59 歳、女性

5.夫にあたってしまっていた私

とにかく夫のやることなすことにイライラしました。私が頼んだことを忘れる。頼んだとおりのことができない。何度言っても身の回りのものを定めた場所に置いておかない。無性に腹が立ちました。でも、思えば、私は思うように動かないこの足や体にどうしようもなくイライラして、夫に当たっていたんだと思います。

神奈川県、65 歳、女性

6.必要もないのに自分を責めていました

再発したのは、治療後も仕事のことでずいぶん無茶をしたせいではないか、幾晩も続けて徹夜したからではないか、と思うことがあります。

家族も、先生も一生懸命やってくれているのに、自分が迷惑をかけてしまっている毎日。申し訳ない気持ちで苦しくなります。

神奈川県、40 歳、女性

7.孤独を感じるときがあります

私のことを心配してくれる人が周りにたくさんいますが、それでも、誰も私のことをわかってくれていない、理解してくれていないと感じます。

神奈川県、43 歳、女性

8.周囲の人々からの好意がうれしかった

私にとってがんになったことは人生最悪の出来事であることには違いないけれど、それでも「がんになって悪いことばかりではなかった」と、心の底から素直に言うことができます。 それは「自分がこれほど、周りから愛され、大切にされていた」ということがよくわかったからです。家族はもちろんですが、周りの友人が本当によくしてくれました。

いっぱい泣きました。でも、悲しい涙よりずっと多かったのが、周りの人へ感謝するうれしい涙でした。私はこんなにも愛され、大切に思われているのだということを、ひしひしと感じることができ、本当にありがたく、がんになったからといって悪いことばかりじゃなかったなって思います。

広島県、52 歳、 女性

9.厳しい状況の中でも生き抜く思いを持って

がんが再発し、複数臓器に遠隔転移した。医者からは根治できず、いかに延命していくかと言われた。再発当時には、私のがんの標準治療は1つしかなかった。やがて、それも効かなくなって治療法がなくなり、その中で、治験に参加することができた。治験終了後もその抗がん剤を使っている。がんは消えることはなく大きさも変わらないものの、この9年間普通の生活を過ごせて、仕事もしている。

もちろん、この9年間は平たんではなく、多くの副作用に苦しみ、そのために一生のまなければならない薬もある。体調も万全ではなく、痛みが出ることもある。検査結果に一喜一憂もしている。

しかし、厳しい状況の中で、9年間延命できている。新たな治療薬の進歩に助けられ、恵まれているのかもしれないが、亡くなっていった知り合いの再発がん患者のためにもできるだけ生き抜かなければならないと思っている。

東京都、54 歳、男性

10.がんが私の世界を広げてくれた

がんが再発して失ったものは多い。抗がん剤治療によると思われるが、味覚が変わり、コーヒーがのめなくなった。あれほどやっていたゴルフもできなくなった。好きだったスポーツもできない。本来、この年ならできるはずが、がんによって多くのことが奪われた。新しいスーツを買ってもあまり着られないと思う自分がいる。再発がん患者ということで、自分自身の心を拘束していると考えてしまう。

しかし、それ以上に得たものがあるというのは強がりだろうか。一介のサラリーマンにしかすぎなかった自分に、がんは大きく私の世界を広げてくれた。苦しんでいるのは自分ばかりではない。がんは、つらい状況にありながら精いっぱい前向きに生きている人と出会わせてくれた。その中で、自分自身も残りの人生少しでも自分の経験を役立てることができないかと考えるようになった。

東京都、54 歳、男性

11.がんでは、使える時間がある

多発がんで17 回の再発を経験して思います。職業柄、私はこれまで十指に余るほどの親しい同僚を航空事故で失いました。彼らは、家族や同僚に「行ってきます」と言ったきり帰ることはなかったのです。何の予告もなく突然亡くなったのでした。多くの交通事故や脳・心臓の急性疾患の場合も同様で、何の前触れもなく突然死に至ることはよくあることです。

一方、がんの場合は、仮に死に至るとしても、今すぐ死ぬわけではありません。通常、がんによる死までには、かなりの猶予時間があります。

従って、これらに比べたら「がんによる死は最悪とはいえない」のではないだろうか? 私がこのように考えたときから、とても気が楽になり、治療に向けた気力が増しました。ものは考えようです。

東京都、58 歳、 男性

12.長年の闘病体験から伝えたいこと

子どものときから病気とは無縁でしたが、いきなりの胃がん告知には強い衝撃を受けました。死の恐怖から我を失いました。眠れない、集中力がなくなるなど、地に足がつかない日々が続きました。

胃がんを皮切りにがんは次々におそいかかり、4回の開腹手術を受けました。術前のつらい数々の検査に、術後の激痛に耐え、抗がん剤治療では、吐き気と脱毛に、放射線治療では、高い発熱に悩まされましたが、発病から19 年生存することができています。

病気は他人にばかり頼っていたのでは治りません。強い闘病意識を持つことが大切です。しかしこれが強すぎても長くは続きません。時々、息を抜きおおらかな気持ちになることも必要なことです。

群馬県、63 歳、男性

13.クヨクヨよりもこれからのことを考えて

私はある意味、「あきらめる」ということがポジティブであると考えます。もちろん、「生きていくこと」に対して「あきらめる」というのではありません。例えば、「私はどうしてがんになったのか」「あのとき、ああいう治療をしていればよかった」とか、すでに起こってしまって、今更、取り返しのつかないことをいつまでもグズグズと引きずってしまうこと、こういうことは避けなければなりません。起こってしまったことをクヨクヨと考えるのではなく、よい意味で「あきらめる」ということを覚えることも肝心。これからのことを考えることが大切なのですから。

広島県、52 歳、 女性
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