がんの治療が生殖機能に影響し、妊よう性(妊娠するための力)が失われることがあります。こちらのページでは「1.がんの治療による妊よう性への影響」の項目で、治療ごとに妊よう性への影響について解説しています。また「2.がんの治療と妊よう性温存の選択について」の項目で、妊よう性が失われる可能性が高い場合、どのような選択があるのか、妊よう性温存の方法を含め紹介しています。妊よう性温存を検討する場合には「3.どこへ問い合わせをすればよいのか」の項目を参考にお問い合わせください。

1.がんの治療による妊よう性への影響
生殖機能とは、性欲や排卵に関わる機能、子宮や卵巣などの生殖器の機能を含めた、妊娠・出産に必要な機能のことをいいます。がんの治療が生殖機能に影響することによって不妊になる場合には、一時的な場合と永久的な場合があります。また、病状やがんの種類、どのような治療を行うかなどにより異なるため、担当医に十分な説明を受ける必要があります。
治療ごとの妊よう性への影響については、以下の1)手術による影響、2)放射線治療による影響、3)薬物療法による影響の項目で説明しています。
1)手術による影響
手術の範囲が生殖機能に関わる器官に及ぶことによって、妊よう性に影響があります。
両側の卵巣もしくは子宮を摘出した場合 | 妊娠できなくなります。 |
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片側の卵巣を摘出した場合 | 残った卵巣が機能するため、妊よう性は保たれます。 |
子宮頸部の手術を行った場合 | 妊娠しにくくなる傾向や流産・早産の危険性が高まります。 |
骨盤内の手術を行った場合 | 卵管が周囲と癒着することがあり、排卵後の卵子が卵管を通るのに障害が生じることがあります。 |
脳の視床下部や下垂体にある腫瘍の摘出を行った場合 | 視床下部や下垂体は卵子の成熟を促すホルモンの分泌に関わっているため、排卵障害が生じることがあります。 |
2)放射線治療による影響
腹部・骨盤部に照射が行われた場合は卵子への影響が強く、照射される放射線の量が増えるほど卵巣へのダメージは大きくなります。また、子宮も影響を受けやすく、妊娠に必要な環境が整えられなくなることがあります。
なお、放射線治療後も妊よう性が保たれ妊娠した場合には、放射線による胎児への影響はありませんので、病状や他の治療の必要性を考慮の上、特に問題がなければ治療後の避妊は必要ありません。
卵巣へ照射した場合 | 卵子の数を減らします。照射される放射線の量が増えるほど卵巣へのダメージは大きくなり、妊娠できなくなることがあります。 |
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子宮頸部へ照射した場合 | 妊娠できなくなります。 |
腹部・骨盤部へ照射した場合 | 妊娠はほぼできなくなります。治療後に妊娠した場合には、流産・早産、低出生体重児(出生時の体重が少ない)、死産や新生児死亡が起こりやすくなります。 |
脳の視床下部や下垂体へ照射した場合 | 視床下部や下垂体は卵子の成熟を促すホルモンの分泌に関わっているため、排卵障害が生じることがあります。 |
3)薬物療法による影響
薬剤の中には、卵子や卵巣の機能に大きく影響するものと、ほとんど影響しないものがあります。どのような薬剤を使うのか確認し、わからないことは担当医や薬剤師に聞いてみましょう。
なお、薬剤は胎児に影響を及ぼすため、治療中は避妊してください。また、治療終了後も薬剤によって一定期間避妊することが勧められています。
女性がもつ卵子は、加齢とともに数が減少し、質が低下します。同じ年齢であっても、卵巣の機能は個人差が大きく、薬剤の影響がどれくらいあるのかは異なります。卵巣の状態については、産婦人科の検査で確認することができます。
細胞障害性抗がん剤を使用した場合 | 成長している卵胞に影響を与えるため、一時的に無月経になりますが、残った未成熟な卵胞が成熟してくると月経が戻ります。ただし、未成熟な卵胞が少なかった場合は回復が難しくなります。また、月経が回復した場合でも、妊よう性が低下し、不妊となっている可能性があります。 |
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細胞障害性抗がん剤のアルキル化剤や白金製剤を使用した場合 | 卵子の数を極度に減らすため、月経の回復が難しくなります。使用量が増えるほど卵巣へのダメージは大きくなり、卵子がすべてなくなってしまうことがあります。代表的な薬剤は、アルキル化剤のシクロホスファミドやブスルファン、白金製剤のシスプラチンです。 |
新しい分子標的薬を使用した場合 | 妊よう性や胎児への影響については、まだ十分なデータがありません。 |
内分泌療法薬を使用した場合 | 女性ホルモンを抑制するため、卵巣機能に障害が生じます。 |

2.がんの治療と妊よう性温存の選択について
妊よう性温存とは、「妊娠するための力を保つこと」です。がんそのものや、がんの治療によって、妊娠するための力にどのような影響があるのか説明を受けましょう。その上で、妊よう性温存が可能なのか、安全性や有効性についてもよく聞いて、患者とご家族やパートナーも含め慎重に検討することが大切です。また、患者が小児である場合には、親の同意とともに患者本人の同意も得ることが必要ですので、担当医から年齢に応じた説明をしてもらいましょう。
がんの治療を行う際に、妊よう性を温存しつつ治療を行うことがあります。例えば、手術の際に卵巣や子宮を残すこと、放射線治療で卵巣に放射線があたらないように、手術によって卵巣の位置を移動しておくことがあります。また、薬物療法を行う前に卵子の保存をするため、治療開始を遅らせることがあります。いずれも、可能かどうかは、がんの種類ごとに決められた条件も含め、健康状態や患者本人の状況を考慮して検討していきます。
また、受精卵(胚)や未受精卵子の凍結保存は、一般の不妊症患者に対する生殖補助医療として、安全性や有効性で確立した手法になっており、がん患者に対しても、がんの治療により妊娠するための力が失われる可能性が高い場合に検討します。ただし、将来の妊娠や出産を約束するものではありません。また、保険適用ではありませんので、受精卵(胚)や未受精卵子、卵巣組織の凍結保存、その保管に関わる費用は全額自己負担になり、受診する医療機関によっても異なります。
以下で「受精卵(胚)や未受精卵子の凍結保存」と「卵巣組織の凍結保存」についてまとめています。
受精卵(胚)や未受精卵子の凍結保存
がんの治療開始前に行います。パートナーがいる場合は受精卵(胚)の凍結保存が勧められ、パートナーがいない場合には未受精卵子の凍結保存を検討します。
卵子の採取(採卵)は、腟の中から超音波をあてながら卵胞を確認し、腟の中から針を刺して行います。受精卵(胚)を得るためには、体外受精または顕微鏡下で精子を注入する顕微授精を行います。限られた時間で多くの卵子を採取するために、排卵誘発剤を使用することがあります。月経周期によっては採卵までに時間を要することがあり、がんの治療が遅れる場合もあります。
がんの治療後に妊娠を試みる際には、受精卵(胚)の場合は、凍結融解したあと子宮内へ移植します。未受精卵子の場合は、凍結融解したあと顕微授精を行い、受精卵(胚)を子宮内へ移植します。妊娠や出産につながる確率は、採取できた卵子の数や質によっても異なりますが、一般には採卵したときの年齢が低いほど、また、採取できた卵子の数が多いほど高くなります。
卵巣組織の凍結保存
がんの治療開始前に行うことが望ましいのですが、治療開始後早期でも行うことができます。腟内からの処置が難しい女児・思春期の女性や、思春期以降であってもがんの治療を急ぐ場合に検討します。
卵巣組織の採取は、全身麻酔下に腹腔鏡を使った手術で行い、卵巣組織の一部を採取、または卵巣の摘出をして行います。排卵誘発剤の必要がなく、比較的早く処置が終わります。
がんの治療後に妊娠を試みる際には、卵巣組織や卵巣を凍結融解したあと、組織を採取した卵巣やその近く、もしくは腹部など卵巣と離れた場所に移植します。卵巣組織凍結により出生に至った報告がまだ少なく、白血病や卵巣がんなどの一部のがんでは採取した組織にがんが混入している可能性も指摘され、現状は研究段階のものとして行われています。
3.どこへ問い合わせをすればよいのか
妊よう性温存について検討する際には、がんの専門医である担当医だけでなく、生殖医療を専門とする医師(産婦人科)とも相談しながら検討していくことが必要です。がんの専門医である担当医が、生殖医療についても熟知しているとは限りません。まずは担当医に相談し、必要に応じて生殖医療専門医を紹介してもらいましょう。
4.参考文献
- 日本癌治療学会.小児、思春期・若年がん患者の妊よう性温存に関する診療ガイドライン2017年版,金原出版日本癌治療学会.小児、思春期・若年がん患者の妊よう性温存に関する診療ガイドライン2017年版,金原出版
- 日本がん・生殖医療学会.乳がん患者の妊娠・出産と生殖医療に関する診療の手引き 2017年版,金原出版
