治療法は、医師からの説明や提案を受けたうえで、患者本人と担当医が話し合って決めていきます。ここでは、治療を選ぶときの経験やそのときの考え、医療者との話し合いなどに関する体験談をご紹介します。
1.治療法を決めるまでの経験・考えたこと
自分の命への責任を果たす~治療法を学び、選ぶとき~
9年前、「肺がんステージⅣ、遺伝子変異なし、余命の中央値は18カ月」と告知されたときに受けた心身の衝撃は、耐え難いものでした。
当初、医師の方針に従って治療を受けましたが、標準治療の薬が尽きたころ、考えました。「祖先から受け継いだこの命に私は全面的に責任がある。当事者として全力を尽くしてきただろうか」と。自分の現状を把握すべく、検査レポートをすべて読み返しました。難解な言葉を調べ理解するのに何時間も要しました。遺伝子変異のレポートがないと気づき入手すると、「検体不足で検査できず」とあり、再検査を依頼。そこで、保険適用される薬がまだない遺伝子変異が見つかり、うっすらと希望が生まれました。さらに、その変異に対する治験が、ある病院で第一相ながら募集中だと知りました。奏効率も高そうだと知り、治験サイトの募集要項を印刷して、主治医に紹介状を書いてほしいとお願いしました。主治医は、熱心に資料を読んで、治験を後押ししてくれました。私は診断後、転院したのですが、自分に合う主治医を得られたのは幸甚と痛感しています。このときの治験薬でがんは治まったものの、やがて再発し、今度は重粒子線治療を受けました。
あれから5年たちます。振り返れば、治療法の選択においては、自分で調べて意見をもったうえで、医師や患者会などで情報を得て、絶えず知見を修正してきました。責任ある当事者として自分の軸足をしっかりもちながら、かたよりのないよう、俯瞰的な視点でチェックし決定していくのが大切だと思います。
(60代 女性)
標準治療か臨床試験か、時間に限りある状況での選択
食道がんステージⅣA、手術が可能ならばそれが最善で根治も望めるとの主治医の判断でした。ただ周辺臓器への浸潤が疑われるので、まずは標準治療の化学放射線療法(薬物療法と放射線治療の併用)を行い、その効果が現れて浸潤箇所を切除できる見通しがついたら、手術することになりました。
それと同時に、臨床試験への参加も可能であると言われました。すぐにでも申し込みたかったのですが、まずは自分が納得しようと目を皿にして不明点を調べ、あいまいな点は何度も主治医に確認しました。しかし、時間制限もあって臨床試験に参加する決断ができず、最終的には標準治療の化学放射線療法を進めることにしました。
当時の思いを振り返ると、臨床試験を受ける際にランダムに2つのグループに振り分けられてしまうことについて、理屈ではわかるけれどわだかまりが残り、その不安が最後まで拭えませんでした。主治医を十分に信頼していたので、主治医と患者との一対一の関係で治療を進めたいという願いもあったと思います。
その後、化学放射線療法の治療成果が得られたことから浸潤箇所の切除手術を受け、ようやく術後5年を経過することができました。不安でいっぱいの慌ただしい時期に、早急に判断を下さねばならない治療法選択の難しさを思い起こしています。
(70代 男性)
私が選ぶ、私の治療
「残念だけどがんです」と私は主治医から告げられました。主治医から、いっしょにがんに取り組みましょうと言われ、患者の役割と医療者の役割を分担していく提案を受けました。そうだ、がんに負けることは嫌だ。「死にたくない」「まだまだ生きたい」と私のなかに治療に向かう決意が湧きました。
患者は、まずは説明を真剣に聞くことが大切です。治療の選択権はつねに私=患者にあるのです。がん組織に私の体を明け渡さない=がんに負けないための治療です。私がどのような治療を受けていくのか、(それぞれのがんの種類に対して)標準化された治療法があること、過去に治療を受けた多くの患者から医学的に得たことを、主治医はヒヨッコの患者に徹底的に説明してくれました。私のがん治療のための医療チームがつくられ、医療者からの言葉にヒヨッコは耳を傾けました。そしてわからない言葉や治療方針について、自分の心と体にどんな影響があるのかと質問を重ねました。
がんになって治療を行う方針を決める主体は、患者側にあります。でも治療には、当然リスクもあり、標準化された治療方針でも、予測ができないこともあるはずです。一方、過去のデータからリスクを正確に知っているのは、医療者です。医療者と相談して選択をしますが、医療者からの治療の提案を、「先生、治療をお任せします…」と委ねてしまうのは無責任だと感じられました。
がんに罹患して生きるための情報は、がん情報サービスにあります。第一歩は、患者ががんを知ることから開始されるのです。その一歩なくして、がんと闘えません。がんに罹患せずとも、人はいずれ命が尽きます。生き方を考える時間を、がんから与えられたのだ、ならば闘って生きることが、これから取り組む治療と私の生活になるのです。
(70代 男性)
IT技術の発展で残せた自分の声
甲状腺がんで手術することになり、主治医から「腫瘍のある場所が悪いので、声帯を摘出する必要があります」と言われました。状況が理解できないまま、有名な歌手を思い浮かべました。声が出なくなるけれど、生きている。大変なことだけど、声がなくなるだけ。治療せずに死ぬことを思えばマシだと考え、声帯を摘出することに決めました。手術日まで1カ月ほどあり、その間に声を録音しておこうと思いました。録音の過程で、今ならAI音声で自分の声を保存できるのではと気づきました。インターネットで検索すると、自分の声をAIの音声合成技術で再現できるサービスが見つかり、早速作成することに。作成したAI音声は、ほとんど自分の声と同じです。関西弁のイントネーションが出ないのが残念ですが、ちゃんと自分の声で話してくれます。IT技術の発展で、障害をカバーしてくれる世の中になってよかったです。安心して摘出の手術を迎えられました。今はいつも自分の声を持ち歩きながら、ふつうの生活ができています。
(50代 男性)
2.医療者との関わり・相談
治療法を選ぶとき、情報を探すとき、先生や家族の助けを借りました
乳がんと告知されたとき、先生が冊子を開きながら、治療の種類と方法、そのメリット・デメリット、そして治療法は患者本人が選ぶことを説明してくれました。
私の場合は、抗がん剤治療は手術の前か後にするか、術式は「全摘」または「部分切除+放射線治療」のどちらにするかという選択肢がありました。一刻も早くがんを体から取りのぞきたいと思い、告知されたその場で、先に手術をして、その後抗がん剤治療を受けることに決めました。
一方、入院までに術式を選ぶようにと言われたのですが、家で説明時の冊子を何度読んでも、不安から頭の中が真っ白になり、理解することができませんでした。家族が一緒に考えてくれ、なんとか「部分切除+放射線治療」のセットを選択できました。
手術のあと抗がん剤治療が始まる前に、自分と同じような体験者をインターネットで調べてみましたが、気づくと1日中ネット検索していることも…そして見れば見るほどわからなくなってしまいました。
先生に相談すると、正しい情報の検索方法と患者会を紹介してくれました。患者会で、体験者から治療中の生活のアドバイスを受け、心に寄り添ってもらったことで、不安が減り、前向きな気持ちで治療に臨めるようになりました。
(50代 女性)
自分なりに考えて治療を選択した
肺がんと診断され、若い主治医から「放射線または認可されたばかりの免疫チェックポイント阻害薬での治療、どちらにしますか?」と問われました。
がんの診断を初めて受ける患者に医学的知識はなく、当時は免疫チェックポイント阻害薬についての情報もほとんどありませんでした。病院内のベテランの医師が推しているという理由で、いったんは放射線治療に決めたのですが、モヤモヤした気持ちが残りました。
そんなとき知人から、がん相談支援センターの存在を聞いたのです。足を運ぶと「双方の治療のメリットとデメリットについて、より詳しく聞いてみてはどうでしょう」とアドバイスされました。
改めて受診予約を取り、主治医に質問しました。先生は、放射線ならある程度副作用が読めるが、認可間もない薬はそこが難しいこと、しかし声を使う講師の仕事をしている私には、万が一にも放射線で声帯に傷をつけないために薬のほうがいいのではと、丁寧に説明してくれました。私の職業と治療後の生活について、そんなに深く考えてくださるとは。熟考し、私は薬での治療を選び直しました。
実際には同等の治療効果が見込めるから選択肢になるのでしょう。たくさん迷いましたが、自分で治療を選択した結果、私はより一層、治療に対して前向きになれた気がしました。判断のための材料をもらい、自分で考えて治療を選択することが大事だと感じています。
(60代 女性)
保険がきかない高額な「治療」には要注意
がんとわかったとき、私はそれをあちこちで話してしまいました。誰かに話すことで衝撃が少しでも薄まるような気がしたのかもしれません。皆さんは一様に心尽くしの言葉をかけてくれ、なかには「これを貼るとがんが小さくなるらしい」「これを飲んでがんが消えた人がいる」などの情報をくれる方もいました。
いずれも保険がきかず、驚くほど高額ですが、命には代えられない。私はやる気満々になりました。治療と併用してこういうものも活用してみたいと、念のために主治医に相談しました。
先生の返事は意外なものでした。「そうしたものは、全部が効かないわけではないと思います。効果があった事例もひょっとしてあるかもしれない。でも、だからこそ我慢してほしい」…効くならやってみたいのに、と思う私に先生は「病院で行う治療は、その効果を確かめながら進めます。もし併用した代替療法で効果がでると、評価が不正確になり、治療方針を誤るかもしれない。だから今は我慢してもらえませんか?」と丁寧に説明してくれました。さらに「多くの人に効果があると科学的に証明できるのなら、その治療法は病院で保険がきく標準治療として行われるはずですよ」とも。
頭ごなしにダメと言われたら、隠れてこっそりチャレンジしたかもしれません。あのとき先生は、勘違いしている私の腕をそっと引っ張って、本来のルートに戻してくれたのだなと思っています。
(60代 女性)
周囲から勧められた民間療法について主治医に相談した
大腸がんの手術を受けたあと、「抗がん剤は毒だから絶対に止めた方がよい、東京のクリニックで300万円かかるが絶対に再発しない治療法がある」と真剣に勧めてくれた友人がいました。抗がん剤に悪いイメージしかなかった私は、勧められた免疫療法について調べて主治医に相談しましたが、熱心に説得してくれた主治医の言葉で抗がん剤治療に臨む決断をしました。その後、肝臓への再発があったものの再度手術と抗がん剤治療を経て、現在経過観察に入って2年が経過しようとしています。
友人が勧めてくれた「絶対に再発しない治療法」で、すでに何人もの患者さんが亡くなっており、また裁判沙汰になっていたことを知ったのは、最近のことです。これ以外にも当時、知人や親戚たちから、酵素ジュース、乳酸菌飲料、水素吸入療法、健康食品(黒にんにく、人参ジュース、高麗人参)、その他、重曹、気功、宗教などさまざまなものを勧められました。どの人もだましたり陥れようとしたりするわけではなく、私のことを真剣に気づかっているようすでした。補完代替療法とは、がん治療(手術や抗がん剤)に取り組むために、体力や気持ちを整えるために行うものであって、「がんを取り除く」ものではないのに、なぜこんなにも多く「がんが治った」という民間療法が存在しているのでしょうか?
「糖ががんの餌となる」
「がんが体から消える食事療法」
「アルカリ性にすることでがんが消える」
などの言葉が載った書籍が書店に並んでおり、またベストセラーになっていることに怖さを感じてしまいます。そのようななか、親身になって寄り添ってくれた主治医や看護師の方々には感謝しかありません。
経過観察となった今は、体力増進のために、亡くなった実母が勧めてくれた食品を取り入れながら、リハビリのために毎朝のウォーキングを続けています。
(40代 男性)
鍼灸を試みたあと、主治医に相談して鎮痛薬で痛みを緩和した
私は鍼灸師をしています。肺がんを疑われていると伝えられて間もなく、お腹と胸に激痛、頭にも鈍い痛みが突然現れました。痛みのせいで3日間、まともに眠れませんでした。多少痛みが弱まったとき、「鍼灸なら楽になるかもしれない」という考えが浮かび、胸とお腹に施術しました。すると、じわじわと痛みが楽になり、3日ぶりに眠ることができました。
その後の診察時に、主治医に痛みについて話したところ、痛みの管理として鎮痛薬を出していただきましたので、そこで鍼灸施術も終えました。
ここのところ鍼灸の研究が進んできているようで、がんの症状緩和という点では、効果が確認されてきていますが、まだまだガイドラインでは弱い推奨レベルです。本来であれば自分で判断せず、主治医に意見を聞いてから行うべきだったと反省しつつも、あのときのつらい痛みや不眠から、確かに自分としては救われた、ということも事実かなと思っています。
(30代 男性)
3.妊娠や出産について
がんと妊孕性 はざまでの選択を振り返って
私は検査の結果がでるまでに、妊孕性温存にチャレンジしたいと思っていました。ところがその決断の前に検査結果がでて、妊孕性温存をしなければ、すぐにがん治療が始まるという状況になりました。
がん治療を優先するか妊孕性温存するか、どちらを選んでも後悔するような気がして消耗し、決断することが怖くて逃げだしたくなることもありました。最終的には、誰も自分の人生を代わってはくれないのだから、自分の気持ちを大事にしようと思い、先に受精卵を凍結し、その後抗がん剤治療を始めることにしました。
当時はどうしても次の妊娠を目ざしたいと強く思っていたわけではなく、がんにならなければできていたかもしれないことに対する執着、可能性の喪失に対するおそれの気持ちのほうが大きかったように記憶しています。振り返ってみると、妊孕性温存することで、がんに奪われつつある自己コントロール感を取り戻し、未来の選択肢を手にしたかったのだろうと思います。決断した日の手帳には「何があっても、すべて受け入れる」「もしうまくいかなくても、しなやかに自分を切りかえよう。チャレンジできたことに感謝して。この決意を忘れない」と書いています。
がんになると大きな決断を迫られることもあり、私も今後、自分がどうなるのかはわかりませんが、決断したあとは何を選んだかということよりも、その後をどう生きていくのかが大事だと思っています。
(30代 女性)
がん告知後に子どもをもつべきか考えた
現在、私には5歳と0歳の子どもがいます。私たち夫婦は自然に子どもができず、2人の子どもを不妊治療で授かりました。
1人目の子どもの誕生後、不妊治療の保険適用がスタートしたので、これを機に2人目の不妊治療に挑戦してみよう、と妻と話していた矢先、私に直腸がんが見つかりました。がんを告知されてからまず考えたのは、2人目をそもそもつくるべきか、ということでした。告知当初、今自分はどういう状態なのか、何もわからない状況だったので、先々の見通しが立たず、とても悩みました。
妊孕性については、初めて受診した際にまずは主治医に相談しました。主治医からは、大腸の周辺はさまざまな神経が通っているところであり、手術でも影響があるし、また、抗がん剤治療となった場合にも、2人目を考えているならば精子の凍結保存が必要だ、との説明を受けました。その後、がん相談支援センターに行き相談したところ、自治体の補助金制度があることを教えてもらいました。この補助金制度を使って、妊孕性の温存をしようかと考えましたが、検査の結果、幸いにもその時点では転移は見つからず、手術のみでよさそうだということが分かったので、温存はせず、手術に臨みました。
手術後、9カ月ほど時間をあけてから不妊治療を再開しました。しかし、不妊治療を再開した後に肺への転移が確認され、手術と抗がん剤治療を受け、現在に至っています。
ステージⅣとなった今では、今後のことも考えて2人目を授かるべきだったのかと、悩むこともあります。でも、不妊治療の結果、無事に産まれた子どもを抱き上げて、その顔を見ると、やっぱり授かってよかった、あのときの判断は間違っていなかった、そんな風に思っています。
(30代 男性)
未来の家族を夢見た私のがん治療 選択肢について知っていたら……
現在では、卵子や胚の凍結保存が「妊孕性温存」の方法として広く知られており、治療後に子どもをもつ可能性が保たれることがあります。
11年前、私は子宮原発のがんを患い、子宮摘出手術を受けました。当時子どもがいなかったので、主治医に「子宮を残してほしい」とお願いしましたが、腫瘍が大きくなってしまい、最終的には子宮を摘出するしかありませんでした。術後は身体的な変化をあまり感じなかったものの、子どもをもつ希望が断たれた現実に向き合い、子どもが大好きな夫には、産めないことを申し訳なく思っていました。
「妊孕性温存療法」という言葉を耳にし始めたのは、がん罹患から5年ほどたったころでしたので、手術時にはその存在すら知らず、主治医や看護師からも説明はありませんでした。再発手術や治療が続いていたため、その選択ができたかどうかはわかりませんが、当時この選択肢を知っていたら、妊孕性温存を考えていたかもしれません。
いま振り返ると、もっと情報があればよかったと思います。小児やAYA世代だけでなく、40歳を過ぎた方でも妊孕性温存の対象となることがあります。同じような状況にある方々が、より多くの選択肢を知って自分にとって最善の判断ができるように、こうした情報が広く提供されることを心から願っています。
(40代 女性)