1.網膜と眼について
網膜は眼球の内面を覆う薄い膜状の組織であり、カメラに例えるとフィルムのような役割を果たしています。
角膜を通って瞳孔から入った光は、水晶体により屈折した後、網膜に映し出されます。網膜で感じ取った光の刺激が視神経を通って脳に伝わり、「見える」と認識されます。
2.網膜芽細胞腫とは
網膜芽細胞腫は網膜に発生する悪性腫瘍です。乳幼児に多く、出生児17,000人につき1人の割合で発症します。
黒目の中心である瞳孔に入った光が腫瘍で反射して猫の目のように白く輝いて見える症状(白色瞳孔あるいは猫目現象と呼ばれます)に家族が気付いて受診する場合が多く、95%が5歳までに診断されます。
早く治療が行われれば生命に関わることは少なく、治すことができます。発症は片方の眼球だけ(片眼性)と両眼(両眼性)の場合があり、割合は2:1です。
3.症状
乳幼児は見え方の異常などの症状を上手く伝えることができません。そのため、腫瘍が大きくなってから、白色瞳孔などの症状で周りの人に発見されることが多くなります。
また、網膜の中心部(黄斑部)に腫瘍がある場合は、視力不良が原因で両眼の視線を目標に向かって合わせられない斜視になったり、意志とは無関係に眼球がけいれんしたように動いたり揺れたりする眼振の症状が出て発見されることがあります。
腫瘍が顕著に大きくなった場合では、眼圧が上昇して充血、眼部腫脹(眼部の腫れ)、眼痛、時に痛みによる哺乳不良や嘔吐の症状から発見されることもあります。
学童期(小学生)になると、乳幼児と同様に白色瞳孔や斜視で発見されることが多いですが、子ども自身が視力不良に気付いて発見されることもあります。
4.発生要因
網膜芽細胞腫は、がん抑制遺伝子の1つであるRB1遺伝子の変異と関連していることが分かっています。網膜の細胞でRB1遺伝子が傷ついて腫瘍が発生したときは、必ず片眼性であり遺伝することはありません。
体のすべての細胞にRB1遺伝子の変異がある場合は、この遺伝子の変異が子に引き継がれて網膜芽細胞腫を発症することがあります。両眼性の場合と片眼性の15%が遺伝性をもっています。またRB1遺伝子の変異は、骨肉腫など別の悪性腫瘍を引き起こすことがあります。
【もっと詳しく】遺伝・遺伝子について
「遺伝子バリアント」は、個人間におけるゲノム配列の違いのことですが、その中で疾患の発症と大きく関わるものを「病的バリアント」といいます。
網膜芽細胞腫は13番染色体長腕の13q14という部位にあるRB1遺伝子の変異が原因で発生することが分かっています。
RB1遺伝子は細胞分裂を制御している遺伝子です。人間の1つの細胞には23対の染色体があり、同じ遺伝子が2個あります。RB1遺伝子の一方に変異があっても、残ったRB1遺伝子の働きにより細胞は正常に活動することができます。両方のRB1遺伝子に変異が生じた場合に、細胞分裂の制御が効かなくなり、がん化すると考えられています。
もともと体の細胞にRB1遺伝子の変異がなく、網膜の一部の細胞だけで両方のRB1遺伝子が働かなかった場合は、片眼性であり、遺伝性はありません。
一方、親の精子か卵子にRB1遺伝子の変異がある場合、胎児の体の細胞はRB1遺伝子の一方に変異をもつことになります。網膜がつくられる過程で、残ったRB1遺伝子に変異が生じると網膜芽細胞腫が発生します。複数の細胞でこのような変化を生じることが多く、両眼性の症例と、片眼性の10~15%の症例がこの状態と考えられています。
遺伝子解析技術の進歩により、血液の細胞でRB1遺伝子の変異があるかどうかを検査できるようになり、現在は保険適用となっています。
しかしながら、現在の技術では80%程度しか発見できません。そのため、検査で変異が検出されれば遺伝性ですが、変異が検出されなくても、「遺伝性ではない場合」と「遺伝性であるが、検出できない場合」が混在することになります。
遺伝子検査はその目的や限界を十分理解した上で行うことが重要であり、遺伝相談外来などで適切なカウンセリングが必要となります。詳しくは担当医にご相談ください。