1.脳について
脳は、脳を保護する骨である「頭蓋骨」に囲まれた臓器です。頭蓋骨に囲まれた頭蓋内で、髄膜に包まれ、脳の周りを流れている「脳脊髄液」の中に浮かんでいます(図1)。脳は大脳、小脳、脳幹に分けることができ、脊髄を加えて中枢神経系と呼ばれます。脳からは、脳神経と呼ばれる12対の末梢神経が直接出ており、脳と脊髄の外側は髄膜でおおわれています。
大脳は、前頭葉、側頭葉、頭頂葉、後頭葉などに分けられ、大脳以外には小脳、脳幹があります(図2)。それぞれが異なった機能を担っています(表1)。
脳には、神経細胞(ニューロン)と神経膠細胞(グリア細胞)があります。神経細胞は、最終的に目・耳・鼻などの感覚器や、内臓、筋肉などとつながっており、体のいろいろな部位の間の情報伝達に重要な役割を果たしています。一方、神経膠細胞の主な役割は、神経細胞や神経線維の固定や保護、栄養の供給や情報伝達に必要な物質を伝達することです。神経膠細胞は増殖能力をもち、遺伝子変異が加わると腫瘍の起源となることがあります。神経膠細胞より発生した腫瘍を神経膠腫(グリオーマ)と呼びます。
2.小児の脳腫瘍とは
脳腫瘍は、頭蓋内にできる腫瘍の総称であり、腫瘍を構成している細胞の種類と、腫瘍が最初に発生した場所に基づいて分類されます。各部位からさまざまな種類の腫瘍が発生し、脳腫瘍全体では150種ほどに分類されます。
小児でよくみられる脳腫瘍として、以下があげられます。
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神経膠腫(グリオーマ)
神経膠腫は、神経膠細胞から発生する腫瘍の総称であり、低悪性度グリオーマと高悪性度グリオーマに大きく分けられます。- 低悪性度グリオーマ
グレード1、2にあたるグリオーマの総称です。新たに脳腫瘍と診断される子どもの中で、最も多くみられる腫瘍です。 - 高悪性度グリオーマ
グレード3、4にあたるグリオーマの総称です。大人に比べて、子どもに発生する割合は低いのが特徴です。いずれの高悪性度グリオーマも周囲へ広がりやすく、治療が難しくなることもあります。
- 低悪性度グリオーマ
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上衣腫
大脳の深部にある「脳室(脳の中の空洞)」を形づくる細胞(上衣細胞)に起源をもつ腫瘍です。上衣腫が生じる場所は、大人を含めた全年齢でみると半数以上は脊髄ですが、子どもではほとんどの場合が脳の後ろ側の部位です。低年齢の子どもに生じやすいことが分かっています。 -
髄芽腫
小脳の細胞から発生する、高悪性度の腫瘍です。大人では少なく、患者さんの多くが20歳未満で発症します。子どもが発症する高悪性度の脳腫瘍の中で、最も多くみられる腫瘍です。 -
頭蓋咽頭腫
下垂体や視床下部の付近にみられる、低悪性度の腫瘍です。脳内のほかの領域や、体内のほかの部位へ広がることはありませんが、増殖して下垂体や視神経などを圧迫すると、ホルモンの産生、成長、視覚などに支障を来すことがあり、治療が必要です。 -
胚細胞腫瘍
胚細胞は、受精卵から胎児(出生前の児)へ育っていくときに形づくられる細胞であり、あとに、精巣内の精子や卵巣内の卵子になります。胚細胞腫瘍は、胎児へと育つ過程で、胚細胞が体のほかの部位に移動して増殖したものです。ほとんどの場合、脳の正中線(顔を正面から見たとき、脳の中央を前後にまっすぐ通る線)上に発生します。 -
遺伝性脳腫瘍
脳腫瘍の中には、染色体や遺伝子の変化が原因で引き起こされる「遺伝性脳腫瘍」と呼ばれるものがあります。遺伝性脳腫瘍としては、神経線維腫症、結節性硬化症、フォン・ヒッペル・リンドウ病などが代表的です。
また、脳腫瘍は、腫瘍細胞が脳脊髄液の流れによって中枢神経系のほかの部位に移動し、そこで成長することで転移(播種)が起こることがあります。まれに中枢神経系外の部位に転移することもありますが、転移の起こりやすさは腫瘍の種類によって異なります。胚細胞腫瘍、髄芽種、膠芽腫などでは転移が起こりやすい傾向にあります。
3.発生要因
ごく一部の脳腫瘍では、神経線維腫症など、遺伝的要因が背景にあることが明らかになっていますが、ほとんどの小児脳腫瘍の発生要因は不明です。
4.症状
脳腫瘍の症状には、大きく分けて、「頭蓋内圧亢進症状」と「局所症状(巣症状)」があり、これらの症状は、脳腫瘍そのものや脳浮腫によって生じます。脳浮腫とは、脳のむくみのことであり、脳に発生した腫瘍が大きくなると腫瘍の周りに生じることがあります。頭蓋内圧亢進症状や局所症状では、それぞれにさまざまな症状がみられますが(表2、表3)、子どもは症状を上手に表現することができず、発見に時間がかかることがあります。
幼い子どもでは、頭囲(頭の周囲の長さ)が大きくなる、嘔吐する、機嫌が悪くなる、あまり動かなくなるといった症状がみられるほか、体重が増えなくなったり、利き手が変わったりすることもあります。症状によっては、偏頭痛や問題行動、胃腸炎などとの区別が難しい場合もあるため、注意が必要です。
小児脳腫瘍が疑われる場合の診察では、どのような症状があらわれているかを確認して画像検査をすることが重要となるため、以下のような症状がみられるときは、診察や検査の際に医師にしっかり伝えましょう。
1)頭蓋内圧亢進症状:多くに共通して起こる症状
脳は周囲が頭蓋骨に囲まれた閉鎖空間にあるため、その中に腫瘍ができると逃げ場がなく、その結果、頭蓋骨の中の圧力(頭蓋内圧)が高くなります。これによってあらわれる頭痛や吐き気などの症状を、頭蓋内圧亢進症状といいます(表2)。
人間の頭蓋内圧はいつも一定ではなく、睡眠中にやや高くなることから、朝起きたときに症状が強くなることがあります。また、腫瘍が大きくなると、脳脊髄液の流れが悪くなり、脳室(脳の中の空洞)が拡大する水頭症を発症して急激な頭痛や意識障害を起こすことがあり、緊急に治療が必要になります。
2)局所症状(巣症状):脳の各部位が担う機能と関連する症状
運動や感覚、思考や言語などのさまざまな機能は、脳の中でそれぞれ担当する部位が決まっています。脳の中に腫瘍ができると、腫瘍や脳浮腫によってその部位の機能が損なわれ、局所症状があらわれます(表3)。