腫瘍の種類や悪性度に応じて、手術や放射線治療、化学療法を組み合わせた治療を行います。
1.悪性度(グレード)と治療の選択
治療方法は、脳腫瘍の性質や体の状態などから検討します。脳腫瘍は、悪性度(グレード)で分類します。
他のがんにおいて利用されているステージ(病期)を決める分類(TNM分類)は、脳腫瘍においては、例えば所属リンパ節が存在しないなどの理由により、その分類自体がありません。
1)悪性度(グレード)と分類
グレードとは、治療をしなかった場合の、腫瘍の増大や進行、予後の目安となる指標です。生検や手術によって取り出した腫瘍組織について病理診断を行うことで、脳腫瘍の種類とグレードが診断されます。
グレード1の腫瘍は、悪性度が比較的低く、手術で取り除くことができると、再発の危険性は少なくなります。一方、グレード2~4では、グレードが上がるにつれて、腫瘍の増殖速度が速くなり、悪性度は高まります。グレードが低くても、手術によって腫瘍を取り除くことが難しい部位などでは治療が難しい場合があります。反対に、グレードが高くても薬物療法や放射線治療が効きやすく治療を進めやすい場合もあります。そのため、グレードの高さと治療の難しさは、必ずしも一致するとは限りません。
また、これまで脳腫瘍の種類は、主に、病理診断(顕微鏡で腫瘍細胞の形や集まり具合を観察する方法)の結果に基づいて分類されていましたが、最新の世界保健機関(WHO)2021年分類では分子生物学的な分類が必須となっています。この分類方法に従えば、脳腫瘍の種類を特定するためには、分子生物学的検査(脳腫瘍組織からDNAを抽出し、DNAの変化の様子を調べること)を行い、その結果と病理診断結果を統合して判断し、最終診断とすることになりました。
小児の患者の数が多い脳腫瘍について、種類とグレードを示します(表4)。
WHO Classification of Tumours Editorial Board editor. Central Nervous System Tumours WHO Classification of Tumours, 5th ed. 2022, World Health Organization. より作成
2)治療の選択
治療法は、標準治療に基づいて、体の状態や年齢、患者やそのご家族の希望なども含めて検討し、担当医と共に決めていきます。
図3は、脳腫瘍の治療について、一般的な流れを示したものです。担当医と治療方針について話し合うときの参考にしてください。
(1)神経膠腫(グリオーマ)の治療について
低悪性度グリオーマ
可能であれば、手術によってすべて取り除くことが原則ですが、難しい場合は、部分摘出術か生検術を行います。病変をすべて取り除くことができなかった場合には、年齢や状況などから判断して、化学療法を行います。
高悪性度グリオーマ
手術、放射線治療、化学療法を中心とした「集学的治療」を行います。中でも、放射線治療は、多くの場合に行われる治療です。特に手術後の放射線治療は、症状の改善や再発予防などに大きく関わります。
(2)上衣腫の治療について
手術によって腫瘍をすべて取り除くことができれば治癒を見込めます。しかし、生きていく上での重要な機能を担う脳幹の周りに腫瘍ができることがあり、その場合はすべて取り除くことはできません。部位やグレードによって放射線治療も行います。
(3)髄芽腫の治療について
可能であれば、手術によって腫瘍をすべて取り除くことが一般的ですが、難しい場合は、小脳を含む組織をできるだけ温存した摘出術を選択します。手術後には、化学放射線療法(化学療法と放射線治療の併用療法)を行います。
(4)頭蓋咽頭腫の治療について
手術によって腫瘍をすべて取り除きます。ただし、視床下部・下垂体の機能が障害されるおそれがあるため、手術は、MRIや超音波などの画像診断装置で腫瘍の位置を確認しながら行います。このほか、鼻腔や頭蓋骨に開けた小さな穴に通した内視鏡を用いたり、顕微鏡をのぞいたりしながら手術を行うのが一般的です。すべて取り除くことが難しい場合は、部分摘出術や放射線治療などを行います。
(5)胚細胞腫瘍の治療について
脳に対する化学放射線療法が一般的です。胚細胞腫瘍の種類や年齢などによって、化学療法の内容や放射線をあてる範囲などが異なります。
(6)遺伝性脳腫瘍の治療について
遺伝性脳腫瘍の治療は、病気の種類によって異なります。個々の状況に応じて治療方針を決めていきます。
3)成長への影響
成長期にある子どもにとって、脳腫瘍の治療は、将来の脳機能や体の成長のほか、復学やその後の学習にも影響を及ぼすことがあります。治療の選択肢や、今後どのような影響があらわれる可能性があるのかなどについて、治療を始める前に担当医としっかり相談しましょう。
妊娠や出産について
がんの治療が、妊娠や出産に影響することがあります。将来子どもをもつことを希望している場合には、妊孕性温存治療(妊娠する力を保つ治療)が可能か、治療開始前に担当医に相談してみましょう。
2.手術(外科治療)
脳腫瘍の治療は、可能であれば、手術で腫瘍をすべて取り除くことが原則です。しかし、腫瘍をすべて取り除くと、脳機能に重大な障害が起こってしまうと予想される場合には、腫瘍の量をできるだけ減らす手術(部分摘出術)を行います。脳機能への影響を最小限に抑えるために、内視鏡や顕微鏡を使いながら手術をすることがほとんどです。
術前に化学療法(薬物療法)を行って、腫瘍を小さくしてから手術を行う方法もあり、術前補助療法(ネオアジュバント療法)と呼ばれます。また、がんの再発・転移の危険性を減らすことを目的として、手術後に行う化学療法や放射線治療は、術後補助療法(アジュバント療法)といいます。初回の手術で腫瘍をすべて摘出できなかった場合でも、アジュバント療法の後に再び手術を行うこと(セカンドルック手術)で、全摘出できることがあります。
また、腫瘍そのものを取り除くためではなく、頭蓋内圧を下げるために手術を行うこともあります。
手術の合併症
手術中や手術後に出血などが起こると、麻痺や意識障害などがあらわれることがあります。また、脳の手術を行うと、低ナトリウム血症や高ナトリウム血症などが起こることもあり、手術後は慎重に経過観察するために集中治療室で過ごします。
手術後には、一時的に生じる脳の浮腫により症状が悪化したり、けいれんを起こしたりすることもあります。麻痺や意識障害、強い頭痛、吐き気などがみられる場合は、直ちにCT検査を行い、必要に応じて再手術を行います。
小脳の腫瘍を取り除いた場合には、一定の期間を過ぎてから後頭蓋窩症候群(PFS)という合併症があらわれることがあり、特に長期フォローアップが必要です。
手術によって起こる合併症は、腫瘍の部位、大きさによってさまざまです。手術がもたらす短期的・長期的な影響については、手術前に担当医から話をよく聞いておきましょう。
3.放射線治療
放射線治療は、高エネルギーのX線やそのほかの放射線をあててがん細胞を破壊し、腫瘍を消滅させたり小さくしたりする治療法です。高悪性度の脳腫瘍だけでなく、低悪性度の脳腫瘍であっても手術で腫瘍が取りきれなかった場合に行うことがあります。
治療の方法としては、体の外から腫瘍に放射線をあてる「外部照射」が一般的です。放射線をあてる範囲は、脳全体(全脳照射)や、脳室全体(全脳室照射)、脳の一部(局所照射)などさまざまであり、腫瘍の種類や個々の状況によって異なります。また、放射線治療は、単独で行う場合と、手術や薬物療法と組み合わせて行う場合があります。
脳腫瘍を含む小児がんは、放射線感受性(放射線治療の効果)が高いものが多く、進行したがんであっても治癒することは珍しくありません。一方で放射線治療は、副作用として将来の生活に影響を及ぼすような合併症を引き起こす可能性があり、特に治療時の年齢が低いほど、その影響が出やすくなります。そのため、小児脳腫瘍の治療として放射線治療を行うかどうかは、最適な照射方法や、線量(照射する放射線の量)、照射時期を含め、治療の効果と副作用の影響のバランスを十分に検討した上で決めていきます。
放射線治療による副作用
照射部位や照射される線量、照射時の年齢によっても異なりますが、内分泌(ホルモンなど)の異常や、成長障害、高次脳機能障害、二次がん、生殖器系での異常などの晩期合併症が起こる可能性があります。また、脊髄全体に照射した場合は、背骨の発育が悪くなる、座高が低くなる、同時に照射を受ける甲状腺の障害やがんが発生することなどがあります。
1つの場所に対して、一生のうちに受けることができる線量の総量は決められており、一連の治療で限界と考えられる線量の照射を受けた場所は、その後何年たったとしても、それ以上に照射することはできません。放射線治療は、脳腫瘍の治療で極めて価値の高い治療法ですが、やり直しのできない治療法です。そのため、治療を始める前にきちんと治療計画を立てる必要があり、担当医らと十分に相談することが大切です。
4.薬物療法
薬物療法の1つである化学療法は、がん細胞の増殖を妨げたり、がん細胞そのものを破壊したりする「細胞障害性抗がん薬」を用いることによって、がんの増殖を阻止する治療法が主です。化学療法は、高悪性度の脳腫瘍だけでなく、低悪性度の脳腫瘍であっても手術で腫瘍が取りきれなかった場合に行うことがあります。
薬は、通常、内服や注射によって血流に入り、全身のがん細胞に到達します。しかし、脳には、血液中の物質が脳組織へ移動するのを制限する仕組み(血液脳関門)があるため、通常の方法では脳にあるがん細胞へ薬を到達させることができません。そこで、脳にあるがん細胞を破壊するために、脳へ薬を直接注入することもあります。
また、薬物療法では、脳浮腫にはステロイド治療、感染には抗生物質、内分泌(ホルモンなど)の異常には内分泌療法(ホルモン療法)というように、症状に合わせて薬を選び、治療を進めていきます。細胞障害性抗がん薬をはじめとする薬の選び方については、腫瘍の種類や年齢などの情報をもとに患者ごとに決めていく必要があるため、担当医らとの十分な相談、確認が重要となります。
薬物療法による副作用
薬物療法によって副作用が生じることがあるため、体の状態やがんの状態を考慮した上で、適切な治療が選択されます。担当医から、治療の具体的な内容をよく聞き、不安な点や分からない点を十分に話し合った上で、納得できる治療を選びましょう。
5.緩和ケア/支持療法
がんになると、体や治療のことだけではなく、学校のことや、将来への不安などのつらさも経験するといわれています。
緩和ケアは、がんに伴う心と体、社会的なつらさを和らげます。がんと診断されたときから始まり、がんの治療とともに、つらさを感じるときにはいつでも受けることができます。
なお、支持療法とは、がんそのものによる症状やがんの治療に伴う副作用・合併症・後遺症を軽くするための予防、治療およびケアのことを指します。
本人にしか分からないつらさもありますが、幼い子どもの場合、自分で症状を表現することが難しいこともあります。そのため、周囲が本人の様子をよく観察したり、声に耳を傾けたりすることが大切です。気になることがあれば積極的に医療者へ伝えましょう。
6.再発
再発とは、治療の効果により腫瘍がなくなった後、腫瘍が再びあらわれることをいいます。
小児脳腫瘍では、悪性度が低い場合も含め、再発すること自体は少なくありません。再発は、はじめに腫瘍が発生した部位(原発部位)で生じたり、悪性度の高い腫瘍などでは遠隔の中枢神経系で生じたりします。腫瘍が進行する可能性はありますが、全身に広がるのはまれです。また、初回の治療から何年もたった後に再発することもあります。
多くの小児脳腫瘍では、再発後の治療がまだ確立されていませんが、再発が疑われたときは、画像検査に加え、必要に応じて病理診断のための再手術を行います。