乳がんの治療には、手術(外科治療)、放射線治療、薬物療法があります。また、診断されたときから、がんに伴う心と体のつらさなどを和らげるための緩和ケア/支持療法を受けることができます。
乳がんは、手術によってがんを取りきることが基本となります。手術後の病理診断によって、術後の治療計画を検討します。がんの状態によっては、術前薬物療法(手術の前に行う薬物療法)を行うこともあります。図6は乳がんの治療の大まかな流れです。
※がんのステージ(がんの進行の程度。病期ともいう)による治療の選択については、「1.ステージと治療の選択 3)治療の選択」の図7をご参照ください。
1.ステージと治療の選択
治療は、がんの進行の程度を示すステージ(病期)やがんの性質、体の状態などに基づいて検討します。
1)ステージ(病期)
がんの進行の程度は、「ステージ(病期)」として分類します。ステージは、ローマ数字を使って表記することが一般的で、Ⅰ期(ステージ1)・Ⅱ期(ステージ2)・Ⅲ期(ステージ3)・Ⅳ期(ステージ4)と進むにつれて、より進行したがんであることを示しています。なお、ステージのことを進行度ということもあります。
乳がんでは早期から進行するにつれて0期〜Ⅳ期まであります。乳がんのステージは、がんが乳房の中でどこまで広がっているか、リンパ節転移があるか、遠隔転移(骨や肺など別の臓器に転移すること)があるかなどによって決まります(表1)。
がんの大きさ | リンパ節転移 | 遠隔転移 | |
---|---|---|---|
0期 | 非浸潤がん | なし | なし |
Ⅰ期 | 2cm以下 | なし | |
ⅡA期 | 2cm以下 | 腋窩リンパ節に転移し、 そのリンパ節は固定されておらず動く |
|
2cm~5cm以下 | なし | ||
ⅡB期 | 2cm~5cm以下 | 腋窩リンパ節に転移し、 そのリンパ節は固定されておらず動く |
|
5cm~ | なし | ||
ⅢA期 | 5cm以下 | 腋窩リンパ節に転移し、 そのリンパ節は固定されて動かないか、 リンパ節が互いに癒着している または、腋窩リンパ節に転移はないが内胸リンパ節に転移がある |
|
5cm~ | 腋窩リンパ節か内胸リンパ節に転移がある | ||
ⅢB期 | がんの大きさやリンパ節転移の有無に関わらず、がんが胸壁に固定されている または、がんが皮膚に出たり皮膚が崩れたり、むくんでいる しこりがない炎症性乳がんもこの病期から含まれる |
||
ⅢC期 | がんの大きさに関わらず、腋窩リンパ節と内胸リンパ節の両方に転移がある または、鎖骨の上もしくは下のリンパ節に転移がある |
||
Ⅳ期 | がんの大きさやリンパ節転移の有無に関わらず、 骨、肝臓、肺、脳など他の臓器への遠隔転移がある |
あり |
2)がんの性質
(1)組織型
乳がんの組織型は主に非浸潤がんと浸潤がんに分けられます。乳がんの性質は、組織型によって異なります。組織型とは、がんの種類のことで、顕微鏡下でのがん組織の見え方によって分類されます。
非浸潤がんは、がん細胞が乳管内または小葉内にとどまっているがんです。適切な治療を行えば、転移することはなく、再発はわずかです。
浸潤がんは、乳管や小葉を超えて周囲に広がっているがんです。浸潤がんの中で最も多いのは浸潤性乳管がんで、その他に特殊型乳がん(浸潤性小葉がん、粘液がんなど)があります。
(2)病理学的グレード分類
病理学的グレード分類とは、顕微鏡で見たときのがん細胞の異型度(「顔つき」の悪さ)を、グレード1~3の3段階に分けたものです。病理学的グレード分類には、核グレード分類と組織学的グレード分類がありますが、どちらもグレードが高くなる(悪くなる)ほど、転移や再発の可能性が高くなります。
(3)サブタイプ分類
サブタイプ分類は、薬物療法を行う際にどの薬が適しているかを選ぶ上で参考にするための分類です。
本来、サブタイプ分類は遺伝子検査の結果によって決まりますが、通常は遺伝子検査よりも簡易にできる病理検査で代用し、がん細胞の中にあるタンパク質を調べることで、便宜的な分類を行っています。
調べるタンパク質は、ホルモン受容体、HER2、Ki67で、検査の内容は以下の通りです。
- ホルモン受容体検査:ホルモン受容体は、女性ホルモンと結合するタンパク質(受容体)で、がんの増殖に関連します。エストロゲン受容体とプロゲステロン受容体の有無を調べ、どちらかの受容体があれば、ホルモン受容体陽性と判定します。
- HER2検査:HER2タンパクはがん細胞の増殖を促すタンパク質です。HER2を過剰に作っているがん細胞がどの程度あるかを調べ、一定以上の場合に陽性と判定します。なお、HER2検査で十分な判断がつかない場合には、HER2遺伝子の数の増加を調べる検査を行うこともあります。
- Ki67検査:Ki67は細胞の増殖能力の指標となるタンパク質です。Ki67検査では、Ki67が作られているがん細胞がどの程度あるのかを調べます。評価方法については研究中で、明確な基準値(その値以上で特に悪いという境界値)はなく、値が高いほど、転移や再発の可能性が高くなります。
サブタイプ分類と薬物療法については、「乳がん 治療 4.薬物療法」をご覧ください。
(4)遺伝子変異
乳がんでは、BRCA1遺伝子またはBRCA2遺伝子に変異がある場合に、対応する薬物療法を検討したり、予防的に乳房を切除することを検討したりします。詳しくは関連情報の「乳がん 予防・検診 2.予防とがん検診」をご覧ください。
3)治療の選択
治療は、がんの進行の程度や組織型、病理学的グレード分類、サブタイプ分類に応じた標準治療を基本として、本人の希望や生活環境、年齢を含めた体の状態などを総合的に検討し、担当医と話し合って決めていきます。
図7は、乳がんの標準治療を示したものです。担当医と治療方針について話し合うときの参考にしてください。
なお、担当医から複数の治療法を提案されることもあります。治療を選ぶにあたって分からないことは、まず担当医に確認することが大切です。治療を選ぶにあたっての悩みや困りごとは、がん相談支援センターで相談することもできます。
(1)0期(ステージ0)
乳管や小葉内のがんの広がりに合わせて乳房部分切除術(乳房温存手術)または乳房全切除術を行い、必要に応じてセンチネルリンパ節生検を行います。乳房部分切除術の場合は、手術後に放射線治療を行います。ホルモン受容体陽性の乳がんで乳房部分切除術を行う場合は、術後にホルモン療法薬を用いた薬物療法を行うことがあります。
(2)Ⅰ~ⅢA期(ステージ1~ステージ3A)
乳房部分切除術または乳房全切除術を行います。がんが小さい場合には、乳房部分切除術が可能です。乳房部分切除後には放射線治療を行います。また、必要に応じて手術前、手術後に薬物療法を行うことがあります。がんが大きかったり広がったりしている場合は、乳房全切除術を行います。
手術後には、放射線治療や薬物療法を行うことがあります。なお、手術前に薬物療法を行い、がんが小さくなれば、乳房部分切除術ができる場合もあります。乳房部分切除術、乳房全切除術のどちらの場合でも、腋窩リンパ節への転移があるときには、リンパ節郭清(リンパ節の切除)を行います。
(3)ⅢB~Ⅳ期(ステージ3B~ステージ4)
がん細胞の性質(ホルモン受容体の有無、HER2の状況など)や、体の状態、本人の希望などをもとに、主に薬物療法を行います。ⅢB、ⅢC期では薬物療法の効果に応じて手術や放射線治療を追加する場合があります。Ⅳ期では、薬物療法に加えて、転移したがんによって生じる特有の症状を和らげる治療も行います。症状の緩和に効果が見込まれる場合には手術や放射線治療を追加します。なお、他の臓器に遠隔転移した場合も、がん細胞は乳がん由来であるため、乳がんとして治療します。
妊娠や出産について
がんの治療が、妊娠や出産に影響することがあります。将来子どもをもつことを希望している場合には、妊孕性を温存すること(妊娠するための力を保つこと)が可能かどうかを、治療開始前に担当医に相談してみましょう。
2.手術(外科治療)
乳がんの治療は、遠隔転移していることが明らかな場合を除き、手術によってがんを切除することが中心です。主な手術には、「乳房部分切除術(乳房温存手術)」と「乳房全切除術」があります。手術前にBRCA遺伝子に変異があることが分かっている場合、手術の選択肢が変わることがあります。
1)手術の種類
(1)乳房部分切除術(乳房温存手術)
乳房部分切除術は、乳房の一部を切除する手術方法で、がんから1~2cm離れた周囲を含めて切除します。がんを確実に切除し、美容的にも満足できる乳房を残すことを目的に行います。通常、手術後に放射線照射を行い、残された乳房(温存乳房)の中での再発を防ぎます。がんが大きい場合は、術前薬物療法によってがんを小さくしてから手術を行うことがあります。
また、切除した組織の断端(切り口)のがん細胞の有無を顕微鏡で調べて、確実にがんが切除できていることを確認します。がんが切除できていることを確認できた場合には、放射線治療(温存乳房照射)を行います。これにより残された乳房の中での再発の可能性は少なくなり、乳房全切除術を行った場合と治療の効果に差はありません。
断端にがんがあった場合(断端陽性の場合)は、追加切除や放射線治療を行うことがあります。がんの残存が少ない場合は追加切除で乳房を温存できることもありますが、がんの残存が多い場合は乳房全切除に切り替えることがあります。
乳房部分切除術を行うかどうかは、がんの大きさや位置、乳房の大きさなどのさまざまな条件や、本人の希望などを考慮した上で決定します。手術を担当する医師とよく相談することが重要です。
(2)乳房全切除術
乳房全切除術は、乳房をすべて切除する手術方法です。乳がんが広範囲に広がっている場合や、乳房内の離れた場所に複数のがんがある場合に行います。
(3)腋窩リンパ節郭清
腋窩リンパ節とは、わきの下のリンパ節のことです(図8)。手術前の触診や画像診断、手術中のセンチネルリンパ節生検などで腋窩リンパ節にがんが転移していると診断された場合は、腋窩リンパ節郭清(リンパ節を切除する手術)を行います。切除する範囲やリンパ節の数は、転移の範囲によって決まります。
なお、リンパ節郭清は、リンパ浮腫(腕や手にリンパ液がたまってむくんだ状態)が起こるなど体への負担が大きい手術です。そのため、センチネルリンパ節生検の結果、腋窩リンパ節への転移がない、あるいは転移があってもわずかなときは、腋窩リンパ節郭清を行いません。このような場合、リンパ節郭清を行わなくても再発の有無などには影響しないことが分かっています。
センチネルリンパ節生検
センチネルリンパ節とは、がん細胞が乳房内からリンパ管に入り込み、リンパ液の流れに乗って転移するときに、最初にたどりつくリンパ節のことです(図8)。触診や画像診断などで腋窩リンパ節への転移がないと判断された場合や、転移の有無がはっきり分からなかった場合は、手術の途中でセンチネルリンパ節の一部を採取して調べます。これをセンチネルリンパ節生検といいます。
(4)乳房の再建
乳房切除手術後に、乳房の再建手術を行うことがあります。乳房の再建とは、自家組織(自分のおなかや背中などから採取した組織)やシリコンなどの人工物を用いて、新たに乳房をつくることです。再建の時期によって、乳がんの手術と同時に行う一次再建と、数カ月から数年後に行う二次再建とがあります。
ごくまれですが、自家組織による再建では移植した組織の壊死、人工物による再建では人工物の感染や乳房インプラント関連未分化大細胞型リンパ腫(BIA-ALCL)などの合併症を発症することがあります。再建を受けるかどうかについては、担当医とよく話し合い、理解した上で決めましょう。
手術の傷あとが怖い、見るのがつらいときには
手術の傷あとを見るのが怖いと思う人は少なくありません。最初は直視できずに、しばらくつらい思いを抱く人もいます。傷の色や形は、手術後少しずつ回復し、周りの皮膚になじんでいきます。それに伴い、傷あとを徐々に受け入れられることが多いようです。看護師や担当医に相談することで、あなたの気持ちや治療後の状態に応じた助言を受けられるでしょう。
手術後の下着の選び方について
手術後はどのような下着をつけたらよいのか、今までの下着をつけることはできないのか疑問に思う人は多いかもしれません。下着の選び方については、関連情報をご確認ください。
2)手術後の注意点
乳がんの手術後に起こることがある症状として、腕や肩を動かしにくい、リンパ浮腫などがあります。担当医に相談の上、リハビリテーションなど日常生活に工夫を取り入れましょう。詳細は、関連情報「乳がん 治療 6.リハビリテーション」や、「乳がん 療養 2.日常生活を送る上で 1)手術(外科治療)後の日常生活」をご覧ください。
3.放射線治療
放射線治療は、がんに高エネルギーのX線を照射することで、がん細胞を死滅させたり小さくしたりする治療法です。
乳房部分切除術の後には、原則として残った乳房の組織に対して照射します。乳房全切除術を行った場合でも、リンパ節への転移があれば、手術した胸の範囲全体と鎖骨の上の部分に対して照射することがあります。1日1回、週5回で約4〜6週間かけて照射するのが一般的です。
放射線治療の副作用
治療中や治療後すぐの副作用として、放射線があたったところの皮膚が日焼けのように赤くなり、かゆくなったりひりひりしたりすることがあります。さらに、皮膚表面がむけたり、水ぶくれのようになったりすることもありますが、治療が終了すれば2週間ほどで徐々に回復します。
乳房部分切除術後の放射線治療では、照射後に乳房が腫れてやや硬くなることや、数カ月後には乳房が少し縮んで小さくなることがあります。また、乳房に放射線をあてることによって乳汁をつくる機能は失われますが、放射線をあてていないほうの乳房の機能は維持されます。
なお、照射された放射線が肺にあたることによって、肺炎が起こることがあります。咳や発熱などの症状で近隣の医療機関にかかる場合は、放射線治療を受けたことを伝えましょう。
また、鎖骨の上の部分に照射すると食道の一部にも放射線があたることがあります。その場合は、一時的にのどの違和感や飲み込むときの痛みを感じることがあるため、アルコールや香辛料など刺激の強いもの、過度に熱い食べ物は避けましょう。
4.薬物療法
薬物療法には、「再発の危険性を下げる(術前薬物療法・術後薬物療法)」、「手術前にがんを小さくする(術前薬物療法)」、「手術が困難な進行がんや再発に対して延命効果を得ることや症状を緩和する」などの目的があり、ステージ(病期)、再発のリスクなどに応じて行われます。また、術後薬物療法でより適切な薬物を選択するために、術前薬物療法で薬物の効き方を確認することがあります。
1)薬物療法で使われる薬について
乳がんに対する薬物療法で使われる薬には、主にホルモン療法薬、分子標的薬、細胞障害性抗がん薬、免疫チェックポイント阻害薬があります。
どの薬を使用するかは、主にサブタイプ分類によって決まります。サブタイプ分類と薬物療法に関する詳しい情報は、次項「2)乳がんの性質(サブタイプ分類)による薬の選択」をご覧ください。
(1)ホルモン療法薬
ホルモン療法薬は、ホルモンの分泌や働きを阻害し、ホルモンを利用して増殖するタイプのがんを攻撃する薬です。ホルモン受容体が陽性の乳がんであれば効果が期待できます。
種類としては、体内のエストロゲン(女性ホルモン)の量を減らすホルモン療法薬として、LH-RHアゴニスト製剤とアロマターゼ阻害薬があります。がん細胞がエストロゲンを取り込むのを妨げるホルモン療法薬として抗エストロゲン薬があります。
また、閉経前と閉経後では、体内でエストロゲンが作られる経路が異なるので、それに合った薬を使います。閉経前では、LH-RHアゴニスト製剤や抗エストロゲン薬を、閉経後では、アロマターゼ阻害薬もしくは抗エストロゲン薬を使います。
(2)分子標的薬
分子標的薬は、がんの増殖に関わるタンパク質や、栄養を運ぶ血管、がんを攻撃する免疫に関わるタンパク質などを標的にしてがんを攻撃する薬です。一部の乳がんでは、HER2が乳がんの細胞の増殖に関連しています。そのため、病理検査でHER2陽性であれば、HER2を標的とする分子標的薬(以下、抗HER2薬とします)を使って治療します。
乳がんの治療に使われる分子標的薬は、多くの場合、他の薬剤と組み合わせて使います。
また、乳がんの一部は遺伝性で、BRCA1、BRCA2などの原因遺伝子が知られています。HER2陰性で、BRCA1またはBRCA2遺伝子変異があり、手術後再発のリスクが高いとされる場合や手術ができない場合、再発したがんである場合には、分子標的薬を使うことがあります。
(3)細胞障害性抗がん薬
細胞障害性抗がん薬は、細胞の増殖の仕組みに着目して、その仕組みの一部を邪魔することでがん細胞を攻撃する薬です。がん以外の正常に増殖している細胞も影響を受けます。
サブタイプ分類がトリプルネガティブ乳がんである場合に、細胞障害性抗がん薬を使います。その他の場合でも、がんの大きさや転移の状況、がんの増殖の要因などから判断して、他の薬や放射線治療とともに使うことがあります。
(4)免疫チェックポイント阻害薬
免疫ががん細胞を攻撃する力を保つ(がん細胞が免疫にブレーキをかけるのを防ぐ)薬です。トリプルネガティブ乳がんの場合に使用することがあります。免疫チェックポイント阻害薬を分子標的薬の1つとして分類することもあります。
薬物療法の副作用
ホルモン療法薬の副作用として、ホットフラッシュ(ほてり)が起こることがあります。ホルモン療法開始後、数カ月を過ぎると次第に軽減するため、しばらく経過をみるのがよいでしょう。その他の副作用として、性器出血などの生殖器の症状、骨密度低下などの骨の症状、関節痛などが出ることがあります。また、気分が落ち込む、イライラするなどの症状が出ることもあります。
分子標的薬は、薬によって異なりますが、悪寒、下痢、発疹などの副作用があります。
細胞障害性抗がん薬は、がん細胞だけでなく正常な細胞にも影響を与えます。副作用には、血液細胞の数や、肝機能、腎機能など検査で分かるものと、口内炎や吐き気、脱毛、下痢など自分で分かるものがあります。
副作用の有無や程度は人によりさまざまです。最近は副作用を予防する薬も開発され、特に吐き気や嘔吐に対しては以前と比べて予防できるようになってきました。副作用について不安なときや困っているときは、担当の医師や薬剤師・看護師に相談しましょう。
2)乳がんの性質(サブタイプ分類)による薬の選択
乳がんの分類には、組織型や病理学的グレード分類に加え、がん細胞の特徴によるサブタイプ分類があります。サブタイプ分類は、薬物療法を行う際にどの薬が適しているかを選ぶ上で参考にするための分類です(図9)。代表的なものは以下の通りですが、実際の治療ではさまざまな情報を考慮して、薬物が選択されます。
(1)ホルモン受容体陽性乳がん
ホルモン受容体陽性の乳がんは女性ホルモンにより増殖する性質をもつため、ホルモン療法薬の効果が期待できます。
HER2が陰性の乳がんで、がん細胞が増えるスピードが速い(Ki67が高値)という特徴をもつ場合には、ホルモン療法薬に加え細胞障害性抗がん薬も使います。分子標的薬を併用することもあります。がん細胞が増えるスピードが遅い(Ki67が低値)という特徴をもつ場合には、ホルモン療法薬が治療の第一選択になります。
ホルモン受容体が陽性でHER2が陰性の乳がんの場合、細胞障害性抗がん薬を使うかどうかを決めるために、多遺伝子アッセイという複数の遺伝子を調べる検査を行うことがあります。多遺伝子アッセイは2023年6月現在、保険適用外です。
なお、女性ホルモンにより増殖する性質をもつ乳がんのことを、ルミナル乳がんと呼ぶ場合があります。
(2)HER2陽性乳がん
HER2陽性の乳がんには、抗HER2薬による治療を行います。原則として、細胞障害性抗がん薬と組み合わせて使います。
(3)ホルモン受容体陰性・HER2陰性乳がん(トリプルネガティブ乳がん)
トリプルネガティブは、3つの陰性(エストロゲン受容体陰性、プロゲステロン受容体陰性、HER2陰性)を意味します。トリプルネガティブ乳がんは、女性ホルモン(エストロゲンとプロゲステロン)によって増殖する性質をもたず、かつ、がん細胞の増殖に関わるHER2を作らないという特徴があります。細胞障害性抗がん薬によって治療します。
免疫チェックポイント阻害薬を使用することもあります。
3)薬物療法を行うタイミングについて
手術を行う場合の薬物療法は、がんの種類や状態によって手術前もしくは手術後、または術前術後に行います。
術前薬物療法の主な目的は、手術前にがんを小さくすることです。がんが大きくて乳房部分切除術を行えない場合に、薬物療法によってがんを小さくできれば乳房部分切除術ができる可能性があります。また、術前薬物療法の治療効果に応じて、手術後に同じ薬物を用いたり、薬物の種類を変更したりする場合があります。
一方、術後薬物療法は、検査では分からないほどの小さな転移(微小転移)や再発を抑え、完全にがんをなくすことを目的としています。
細胞障害性抗がん薬や分子標的薬による薬物療法は、術前に行っても術後に行っても、乳がんの再発率や生存率は同じであるといわれています。一方、ホルモン療法薬の術前と術後の使用における再発率や生存率の違いは明らかになっていません。
5.緩和ケア/支持療法
がんになると、体や治療のことだけではなく、仕事のことや、将来への不安などのつらさも経験するといわれています。
緩和ケア/支持療法は、がんに伴う心と体、社会的なつらさを和らげたり、がんそのものによる症状やがんの治療に伴う副作用・合併症・後遺症を軽くしたりするために行われる予防、治療およびケアのことです。
決して終末期だけのものではなく、がんと診断されたときから始まります。つらさを感じるときには、がんの治療とともに、いつでも受けることができます。本人にしか分からないつらさについても、積極的に医療者へ伝えましょう。
6.リハビリテーション
リハビリテーションは、がんやがんの治療による体への影響に対する回復力を高め、残っている体の能力を維持・向上させるために行われます。また、緩和ケアの一環として、心と体のさまざまなつらさに対処する目的でも行われます。
一般的に、治療中や治療終了後は体を動かす機会が減り、身体機能が低下します。そこで、医師の指示の下、筋力トレーニングや有酸素運動、日常の身体活動などをリハビリテーションとして行うことが大切だと考えられています。日常生活の中でできるトレーニングについて、医師に確認しましょう。
乳がんの手術後や薬物療法・放射線治療中のリハビリテーションとしては、以下のようなものが勧められています。
1)手術後の腕や肩のリハビリテーション
術後早期~1週間くらいから、手術をした側の手や腕、肩関節が動く範囲や、傷のひきつれ感・痛みを確認し、状態に合わせた運動を開始するのがよいといわれています。詳しい時期は医師に相談しましょう。退院までの期間が短いことも多いため、家でひとりでもできるトレーニングの指導を受けるとよいでしょう。
2)リンパ浮腫予防のための運動
手術で腋窩リンパ節郭清を行った場合や、放射線治療を行った場合は、リンパ浮腫が起こりやすくなります。リンパ浮腫の予防のためには、スキンケアや適度な運動を行うことがよいとされています。次にあげる運動方法は一例です。実施する場合は必ず医師に確認しましょう。
術後1カ月間は激しい運動を控え、ウォーキング程度の軽い運動を行いましょう。また、肩関節や肘関節を動かしてリンパ液の流れを促進する運動を行いましょう。すでにリンパ浮腫と診断されている方は、弾性包帯や弾性着衣などを着用し、圧迫しながら肩関節や肘関節を動かします。バンザイをする、肘の曲げ伸ばしをする、手でグーとパーを繰り返すなどの運動を、ゆっくりとした動作で行いましょう。
7.転移した臓器の治療
乳がんは、骨や肝臓、肺、脳などに転移しやすいがんです。がんができた場所から離れた臓器に転移がある場合には薬物療法を行うのが原則ですが、痛みなどの症状がある、全身状態に影響する恐れがあるなどの場合には、転移した臓器への治療を併せて行うことがあります。
骨転移の治療
強い痛みがある場合には、鎮痛薬による治療や放射線治療を行います。骨折の恐れがある場合には、転移した箇所に応じた整形外科的な手術で骨折を予防することがあります。また、乳がんの薬物療法に加えて、痛みや骨折のリスクを減らす目的で薬が使われることがあります。
肝転移や肺転移の治療
基本的には薬物療法を行います。乳がんの転移か、新たに肝臓や肺にがんができたのか区別がつかない場合などは、診断のために肺の病巣を切除したり、肝臓の病巣の生検をしたりすることがあります。
脳転移の治療
脳に転移したがんを小さくすることや、痛みを和らげることを目的として、主に放射線治療が行われます。転移したがんが1つで手術しやすい場所であれば、手術で取り除くこともあります。また、症状を改善するために、ステロイドなどの薬を使うこともあります。
8.再発した場合の治療
再発とは、治療によって、見かけ上なくなったことが確認されたがんが、再びあらわれることです。
乳がんの再発には、手術を受けた側の乳房やその周囲の皮膚、リンパ節に発生する局所領域再発と、骨や肝臓などへの遠隔転移によって起きる遠隔再発があります(図10)。
局所領域再発のみで遠隔再発がない場合は、治癒を目指して手術でがんを切除します。乳房全切除後の胸の皮膚に再発した場合は、以前同じ場所に放射線治療を行っていなければ手術後に放射線治療を行います。乳房部分切除術を行った温存乳房内で再発した場合は、通常、乳房全切除術を行います。手術した乳房側の周囲のリンパ節に再発した場合も、以前同じ場所に放射線治療を行っていなければ手術後に放射線治療を行います。いずれの手術でも、手術後に薬物療法を行うことがあります。
局所領域再発であっても、がんを切除するのが難しい場合は薬物療法を行い、切除可能になった場合は切除を検討します。放射線治療を行うこともあります。
乳房から離れた別の臓器などに転移として再発する遠隔再発では、薬物療法を行います。ホルモン受容体陽性の場合は、まずホルモン療法薬で治療します。分子標的薬を併用する場合もあります。HER2陽性の人は抗HER2薬と、細胞障害性抗がん薬を使います。それ以外の人や、ホルモン療法薬が効かなくなった場合は、細胞障害性抗がん薬による治療を行います。トリプルネガティブ乳がんの場合は免疫チェックポイント阻害薬を使うこともあります。
乳がんの治療で使う薬の種類は多いため、1つの治療法を行って効果があり副作用の問題がなければそれを続け、効果がなくなってきたら別の治療法に変更します。
2024年10月22日 | 「4.薬物療法」を一部修正しました。 |
2023年07月05日 | 「乳癌診療ガイドライン①治療編2022年版」「乳癌診療ガイドライン②疫学・診断編2022年版」より、内容を更新しました。 |
2023年01月17日 | 「2.手術(外科治療) 1)手術の種類、2)手術の合併症」の一部を修正しました。 |
2021年05月11日 | 「2.手術(外科治療) 1)手術の種類 (1)乳房部分切除術(乳房温存手術)」の一部を修正しました。 |
2020年07月29日 | 「4.薬物療法 2)サブタイプ分類と薬物療法、3)乳がんの性質による薬の選択」の一部および「図9 乳がんの性質による薬の選択」を変更しました。 |
2020年07月09日 | 「日本乳癌学会編 乳癌診療ガイドライン(1)治療編2018年版」「日本乳癌学会編 乳癌診療ガイドライン(2)疫学・診断編2018年版」「日本乳癌学会編 乳癌診療ガイドライン2018年版(追補2019)」「日本乳癌学会編 臨床・病理 乳癌取扱い規約 第18版(2018年)」により、内容を全面的に更新をするとともに、4タブ形式に変更しました。 |
2019年06月10日 | 関連情報として「日本乳癌学会 患者さんのための乳癌診療ガイドライン」へのリンクを掲載しました。 |
2017年07月19日 | 1.手術(外科治療)に関連情報「乳がん 手術リハビリテーションクリニカルパス」を掲載しました。 |
2015年03月23日 | タブ形式への移行と、「臨床・病理 乳癌取扱い規約2012年(第17版)」「科学的根拠に基づく乳癌診療ガイドライン(1)治療編(2)疫学・診断編2013年版」より、内容の更新をしました。 |
2011年07月15日 | 内容を更新しました。 |
1997年10月01日 | 掲載しました。 |