甲状腺がんについて
1.甲状腺について
甲状腺は、重さ10~20gの小さな臓器です。羽を広げた蝶々のような形で、中央の峡部と左右の腺葉からできています。腺葉は、体の右側を右葉、左側を左葉といいます。甲状腺は、のどぼとけ(甲状軟骨)のすぐ下にあり、気管を前から取り囲むように位置しています。甲状腺の裏側には、声帯を動かす反回神経があります(図1)。
甲状腺には、甲状腺ホルモン(トリヨードサイロニン:T3、サイロキシン:T4)やカルシトニンなどのホルモンを分泌する働きがあります。甲状腺ホルモンは、血液の中に含まれるヨウ素(海藻などの食物に含まれるミネラルの1つで「ヨード」ともいう)が甲状腺に取り込まれることで作られ、脳や骨の成長や、脂質や糖の代謝などを促進する働きがあります。カルシトニンは、血液中のカルシウム濃度の調整に関わっています。
2.甲状腺がんとは
甲状腺にできたしこりを甲状腺結節といい、そのうち悪性のものを甲状腺がんといいます。
3.症状
多くの場合、自覚症状がないか、しこり以外の症状はありません。病状が進行すると、のどの違和感・嗄声(声のかすれ)・痛み・飲み込みにくさ・誤嚥・血痰・呼吸困難感などの症状が出てくることがあります。
このような気になる症状がある場合には、早めにかかりつけ医に相談したり、耳鼻咽喉科や内分泌科を受診しましょう。
4.組織型分類(がんの種類による分類)
甲状腺がんの組織型(がんの種類)には、乳頭がん・濾胞がん・低分化がん・髄様がん・未分化がんがあり、それぞれで治療法が異なります。
一般的に若年であるほど予後がよいとされており、乳頭がん・濾胞がん・低分化がんでは55歳という年齢でステージ(病期)の分け方が変わります。
1)乳頭がん
乳頭がんは、甲状腺がんの中で最も多く、約90%を占めます。リンパ液の流れに乗って転移するリンパ節転移(リンパ行性転移)が多いですが、基本的にゆっくりと進行するため、急に命に関わる状況になることはまれです。ただし、ごく一部の乳頭がんは再発を繰り返すことがあります。また、突然悪性度の高い未分化がんに変化することがごくまれにあります。
2)濾胞がん
濾胞がんは、甲状腺がんの中で2番目に多い(約5%)がんです。良性の甲状腺腫瘍(濾胞腺腫)との区別が難しいことがあります。乳頭がんに比べて、リンパ節への転移は少ないのですが、血液の流れに乗って肺や骨など遠くの臓器に転移(血行性転移)しやすい傾向があります。このように遠くの臓器への転移(遠隔転移)が起こらない場合は、乳頭がんと同様、予後は比較的よいとされています。
3)低分化がん
低分化がんは、甲状腺がんの中で1%未満とまれです。特徴としては、乳頭がん・濾胞がんと未分化がんの中間的ながんです。乳頭がん・濾胞がんに比べると遠隔転移や再発しやすい性質があります。乳頭がん・濾胞がんから低分化がんに変化したり、低分化がんから未分化がんに変化したりすることもあります。
4)髄様がん
髄様がんは、カルシトニンを分泌する傍濾胞細胞に由来するがんで、甲状腺がんの約1〜2%です。髄様がんは分化がん(乳頭がんや濾胞がん)と比べて悪性度が高く、リンパ節や肺のほか、肝臓へ転移しやすいという特徴がみられます。
なお、髄様がんはRET遺伝子という遺伝子に変異がある場合があります。そのため、髄様がんの場合は、治療方針を決めるためにRET遺伝子検査を受けることを勧められています。一方で、遺伝子検査を受けることで、自分だけでなく血縁者の遺伝情報を知ることにつながります。そのため、遺伝子検査を受けるかどうかについては、遺伝カウンセリングなどで専門家ともよく相談することが大切です。
5)未分化がん
未分化がんは、甲状腺がんの中の約1~2%の割合です。悪性度が高く進行が速いことから、甲状腺周囲の臓器(反回神経、気管、食道など)への浸潤や全身の臓器への転移を起こしやすいという特徴があります。
なお、甲状腺に悪性リンパ腫ができることがあります。悪性リンパ腫は、甲状腺がんとは病気のなりたちや治療法が異なります。悪性リンパ腫の情報については、関連情報をご確認ください。
甲状腺がん 検査
甲状腺がんが疑われた場合には、触診(医師が直接甲状腺やその周辺に触ること)でしこりの有無を調べます。しこりがある場合には、悪性か良性かを調べるための超音波検査や病理検査が行われます。
がんであることが確定した場合には、治療方針を決めるために、ステージ(病期)を調べる目的で、CT検査、MRI検査、PET検査などが行われます。
1.診察(問診、視診・触診)
症状、病歴、血縁者の健康や病気の状態(家族歴)、過去に放射線の被ばくがなかったかどうかなどについて、医師から問診を受けます。その後、甲状腺の大きさ、しこりの有無と大きさ、硬さや広がりなどを調べるために、医師が甲状腺の周辺部を観察(視診)し、直接触って(触診)診察します。
2.超音波検査
超音波を体の表面にあて、臓器から返ってくる反射の様子を画像にする検査です。甲状腺腫瘍の大きさや性質、リンパ節転移の有無などを調べます。甲状腺腫瘍が良性か悪性かを判断するために行われる検査です。
3.血液検査
甲状腺の状態を確認するために、血液検査で以下のホルモンなどを調べます。
遊離サイロキシン(FT4)
遊離サイロキシン(FT4)は、代謝を調整するための甲状腺ホルモンです。甲状腺の機能を調べるために検査します。
甲状腺刺激ホルモン(TSH)
下垂体から分泌される、甲状腺ホルモンの分泌を促すホルモンです。乳頭がん・濾胞がんを増殖させる因子として調べることがあります。
サイログロブリン
甲状腺から分泌されるタンパク質の中にある、甲状腺ホルモンのもとになる物質です。良性の腫瘍や甲状腺の炎症でも上昇するため、がんの診断には有用ではありませんが、手術(外科治療)で甲状腺をすべて摘出したあと、再発の確認のために検査することがあります。
カルシトニン
カルシトニンは、傍濾胞細胞で作られます。髄様がんは、傍濾胞細胞が変化してできるがんであるため、カルシトニンが増加します。そのため、髄様がんの疑いがある場合や、治療の効果、予後の予測のために検査することがあります。
4.病理検査(穿刺吸引細胞診)
触診でしこりが確認され、超音波検査で甲状腺がんが疑われた場合に、それがどのような細胞からできているかを詳しく調べるために行います。多くの場合、超音波の画像を見ながら甲状腺に細い針を刺して、しこりから直接細胞を吸い取ります(穿刺吸引細胞診)。採取した細胞は顕微鏡で詳しく確認し、がんかどうかを診断します。
5.CT検査
体の周囲からX線をあてて撮影することで、体の断面を画像として見ることができる検査です。がんの大きさ、深さや広がり、リンパ節への転移の有無を調べるときに行われます。造影剤を注射して撮影すると、がんの広がりやがんが周りの臓器に浸潤しているかなど、詳しく確認することができます。主にステージ(病期)診断に用いられます。
6.MRI検査
強力な磁石と電波を使用して撮影することで、体の断面を画像として見ることができる検査です。MRI検査の画像は、CT検査よりも、がん組織と正常な組織の区別が明確です。造影剤を注射して撮影することもあります。がんの深さや広がり、リンパ節への転移の有無をCT検査とは異なる情報から調べることができます。CT検査と同様に、主にステージ(病期)の診断に用いられます。
7.シンチグラフィ検査
放射性医薬品を内服または注射して、体内から放出される微量の放射線を計測して画像にします。使用する放射性医薬品により、体内のどの臓器に集まるか異なっており、さまざまな病気の診断に用いられます。
甲状腺がんでは、甲状腺の機能や形状を調べる甲状腺シンチグラフィと、他の臓器への転移などを確認する腫瘍シンチグラフィが行われます。
8.腫瘍マーカー
腫瘍マーカー検査は、がんの診断の補助や、診断後の経過や治療の効果を見ることを目的に行います。腫瘍マーカーとは、がんの種類によって特徴的に作られるタンパク質などの物質です。がん細胞やがん細胞に反応した細胞によって作られます。しかし、腫瘍マーカーの値の変化だけでは、がんの有無やがんが進行しているかどうかは確定できません。また、がんがあっても腫瘍マーカーの値が高くならないこともあります。そのため、がんの有無やがんがある場所は、画像検査などの結果も合わせて総合的に判断します。
髄様がんではCEA(がん胎児性抗原)が腫瘍マーカーとして用いられます。また、甲状腺全摘後の分化がんではサイログロブリンが、髄様がんではカルシトニンが腫瘍マーカーとしてあつかわれることがあります。
甲状腺がん 治療
甲状腺がんの治療には、手術(外科治療)、放射線治療、薬物療法などがあります。また、診断されたときから、がんに伴う心と体のつらさなどを和らげるための緩和ケア/支持療法を受けることができますので、必要なときには担当医に相談しましょう。
1.ステージと治療の選択
治療方法は、がんの進行の程度を示すステージ(病期)やがんの性質、体の状態などに基づいて検討します。
1)ステージ(病期)
がんの進行の程度は、「ステージ(病期)」として分類します。ステージは、ローマ数字を使って表記することが一般的です。甲状腺がんのステージは、次のTNMの3種のカテゴリー(TNM分類)の組み合わせで決まります。
Tカテゴリー:原発腫瘍*の広がり
Nカテゴリー:頸部および縦隔(胸の中で左右の肺に挟まれた部分をいい、心臓、食道、気管などがある部分)の上部にあるリンパ節に転移したがんの大きさと個数
Mカテゴリー:がんができた場所から離れた臓器への転移の有無
*原発腫瘍とは、原発部位(がんが初めに発生した部位)にあるがんのことで、原発巣ともいわれます。
甲状腺がんは、がんの種類やステージによって治療法が異なるため、これらを正確に把握することが重要です。
乳頭がん・濾胞がん・低分化がんは、一般的に若年者は予後が良いため、55歳を境にステージも異なります。また、55歳未満の場合には、T・Nカテゴリーに関係なく、遠くの臓器への転移の有無(Mカテゴリー)によってⅠ期かⅡ期に分類し、Ⅲ期以上のステージ(病期)の分類はありません(表1)。一方で、55歳以上の場合は、がんの大きさ・広がり・リンパ節や別の臓器への転移の有無によって、Ⅰ期~ⅣB期に分類されます(表2)。
髄様がんのステージ(病期)は、年齢にかかわらず、がんの大きさ・広がり・リンパ節や別の臓器への転移の有無によって分類されます(表3)。
未分化がんのステージは、年齢にかかわらず、ⅣA・ⅣB・ⅣC期に分類されます(表4)。
2)治療の選択
治療は、ステージ(病期)や組織型に応じた標準治療を基本として、本人の希望や生活環境・年齢を含めた体の状態などを総合的に検討し、担当医と話し合って決定します。
甲状腺がんの治療には、手術(外科治療)・放射線治療(放射性ヨウ素内用療法含む)・薬物療法(内分泌療法[ホルモン療法]・分子標的療法・細胞障害性抗がん薬)などがあります。
図2は乳頭がん、図3は濾胞がん、図4は髄様がん、図5は未分化がんの治療方法を示したものです。担当医と治療方針について話し合うときの参考にしてください。
(1)乳頭がん
乳頭がんは、がんの大きさや転移の有無により、超低リスク・低リスク・中リスク・高リスクに分けられ、リスクによって選択する治療が異なります(図2)。
超低リスクの場合は、治療をせず経過観察することがあります。超低リスク・低リスク・中リスクの場合は、甲状腺の一部を切除する手術が行われます。中リスク・高リスクの場合は、甲状腺をすべて摘出する手術のあと残ったがんや転移したがんを消滅させるために放射性ヨウ素内用療法が行われます。中~高リスク乳頭がんの手術のあとは、再発を予防するためTSH抑制療法を行うことを検討します。
(2)濾胞がん
濾胞がんが疑われる場合、離れた臓器への転移(遠隔転移)がなければ、腫瘍がある側の甲状腺を切除する手術(片葉手術)が行われ、がんであるかどうか調べます。がんであった場合、がんの大きさや体の状態によっては、残った甲状腺をすべて摘出する手術が追加で行われます。
遠隔転移がある場合には、甲状腺をすべて摘出する手術のあと、放射性ヨウ素内用療法が行われます。
(3)低分化がん
低分化がんは、乳頭がん・濾胞がんと未分化がんとの中間の性質です。乳頭がん・濾胞がんと比べて予後がよくないため、甲状腺をすべて摘出する手術と放射性ヨウ素内用療法などを組み合わせた治療が検討されます。
(4)髄様がん
髄様がんは、遺伝カウンセリングを受けた後RET遺伝子検査を受け、治療方針を決めることが勧められています。遺伝性の場合は、褐色細胞腫(副腎髄質から発生する腫瘍)の有無と治療の必要性を調べます。褐色細胞腫がある場合は、褐色細胞腫の治療のあとに、甲状腺をすべて摘出する手術が行われます。遺伝性でない場合は、甲状腺の一部、あるいはすべてを摘出する手術が行われます。
(5)未分化がん
未分化がんは、がんが甲状腺内に留まっているか、甲状腺の周囲の組織に広がっていても予後不良因子が1つまでの場合には、甲状腺をすべて摘出する手術が行われます。必要に応じて補助療法(放射線治療や細胞障害性抗がん薬)を追加することがあります。
がんが甲状腺の周囲の組織に広がっており予後不良因子が2つ以上ある場合や、遠隔転移がある場合には、放射線治療や化学療法を組み合わせた集学的治療が行われます。
このようながんに対する積極的な治療ができない場合は、がんによる症状を緩和するための治療(緩和ケア)が行われます。
妊娠や出産について
がんの治療が、妊娠や出産に影響することがあります。将来子どもをもつことを希望している場合には、妊孕性温存治療(妊娠するための力を保つ治療)が可能か、治療開始前に担当医に相談しましょう。
2.手術(外科治療)
1)手術の方法
手術の方法は、がんのある場所や大きさ、転移の有無によって検討していきます。
手術には、甲状腺をすべて摘出する全摘術、片側の甲状腺(右葉あるいは左葉)を切除する片葉切除術などがあります(図6)。
甲状腺全摘術
甲状腺をすべて切除する手術です。甲状腺全摘を行うと、甲状腺からの再発の予防が期待できます。また、手術後に採血でサイログロブリン値を確認することで再発の発見がしやすく、再発や転移をしたときに放射性ヨウ素内用療法がしやすいなどの利点があります。一方で、甲状腺ホルモンが分泌されなくなるので、手術後は甲状腺ホルモン薬の内服が必要になります。
甲状腺片葉切除術
がんがある側の甲状腺を切除する手術です。一部でも甲状腺が残っていれば、体に必要なホルモンを作り出すことが可能なため、手術後に甲状腺ホルモン薬を内服する必要がない場合が多いです。しかし、残した甲状腺に小さながんが残る可能性や、再発した場合は残した甲状腺をすべて取り除く再手術が必要になることがあります。
リンパ節郭清
手術では、必要に応じて、周囲のリンパ節を切除するリンパ節郭清が行われます。リンパ節郭清は、リンパ節への転移が疑われる場合だけでなく、明らかな転移がない場合にも予防的に行われることもあります。
反回神経の修復
がんの大きさや部位によっては、手術の前から反回神経ががんに巻き込まれて、麻痺していることがあります。手術の前から反回神経の麻痺がある場合や、手術中に反回神経ががんに巻き込まれていることが分かった場合には、通常反回神経は切断し、可能な限り神経を修復します。
2)手術に伴う主な合併症
合併症とは、手術後の好ましくない症状や状態のことをいいます。甲状腺がんの手術では、切除範囲が大きいほど、甲状腺機能の低下(甲状腺ホルモンの分泌不足)、副甲状腺機能の低下(血液中のカルシウムの不足)、反回神経の麻痺などの合併症のリスクが高くなります。
(1)甲状腺機能低下、副甲状腺機能低下
手術によって甲状腺が小さくなると、作られる甲状腺ホルモンの量が減ります。これを放置すると、新陳代謝が悪くなり、だるさ、疲労感、食欲がないなどの症状があらわれることがあります。
甲状腺が半分以上残っていれば、多くの場合、治療を行う必要はありません。しかし、全摘術を行ったあとには、生涯にわたって、甲状腺ホルモン薬を飲むことにより甲状腺ホルモンを補います。
また、甲状腺全摘術の際に副甲状腺も切除し、副甲状腺の機能が温存できなかった場合は、血液中のカルシウム濃度が低下し(低カルシウム血症)、手足がしびれるなどの症状(テタニー症状)が出ることがあります。そのため、低カルシウム血症にならないように、ビタミンD製剤やカルシウム剤を内服する場合があります。
通常、甲状腺ホルモン薬やカルシウム補充薬(ビタミンD製剤やカルシウム剤)は1日1回内服します。副作用はほとんどありませんが、気になることがあるときには担当医に相談しましょう。
(2)反回神経麻痺
手術により反回神経の麻痺が起こることで、声が出しにくくなったり、かすれたりすることがありますが、反回神経が温存されていれば、多くの場合6カ月程度で回復します。
3.放射線治療
甲状腺がんに対する放射線治療は、放射線を体の中から照射する内照射(放射性ヨウ素内用療法)と、体の外から照射する外照射があります。
1)内照射(放射性ヨウ素内用療法)による治療
放射性ヨウ素内用療法とは、Ⅰ-131と呼ばれる放射性ヨウ素のカプセルを内服し、放出される放射線によってがん細胞を破壊する治療です。目的によって、「アブレーション」「補助療法」「治療」の3種類があり、それぞれ内服するⅠ-131の量が異なります。
「アブレーション」とは、甲状腺全摘後にわずかに残っていることが予想される甲状腺の組織から、がんが再発・転移することを防ぐために行われます。Ⅰ-131を内服することによって、全摘後に残った甲状腺の組織を除去します。
「補助療法」とは、甲状腺全摘後、周囲の組織に小さながんが残っている場合に行われます。Ⅰ-131を内服することによって、目に見えない小さながんの組織を除去します。
「治療」とは、がんが残っているときや、遠隔転移などで手術ができない場合に行われます。内服するⅠ-131の用量が大きく、主に肺転移や骨転移に対して行われます。
治療スケジュールと注意点
Ⅰ-131のカプセルを内服し、その数カ月後に効果があらわれているかを検査します。がんが小さくなっていることを確認できた場合は、半年から1年程度の間隔で治療を数回繰り返すことがあります。
Ⅰ-131を内服する4週間前から、甲状腺ホルモン薬は中止や変更を行います。また、治療日の2週間前から、ヨウ素を含む医薬品(CTの造影剤など)は中止し、ヨウ素を含む食事(海藻類、貝類、赤身の魚、寒天を使用した食品など)も制限する必要があります。Ⅰ-131を内服してから数日間は、ヨウ素の摂取の制限を継続します。
Ⅰ-131を内服すると、一定期間は汗、唾液、尿、便、吐物などの体液に放射性ヨードが排出されます。カプセルを内服したあと数日間は周りの人への被ばくを避けるため、放射線治療病室(RI病室やアイソトープ病室などと呼ばれることもあります)という専用の部屋に入院します。しかし、この専用の部屋がある施設は限られています。治療できる施設についての詳細は、関連情報の「甲状腺癌 入院及び外来アブレーション受け入れ可能施設」をご覧ください。
なお、「治療」「補助療法」の場合は入院が必要ですが、「アブレーション」は通院で治療できることもあります。通院治療には、小児または妊婦が同居していないことや、できるだけ公共交通機関を使わずに帰宅できることなどの、一定の条件があります。また、退院後も周囲の人への被ばくを防ぐため生活に注意する必要があります。治療や生活の注意点の詳細は担当医に確認しましょう。
内照射の副作用
副作用は、急性期のもの(Ⅰ-131の内服日から数日以内に生じるもの)とそれ以降に生じる後期のものに分けられます。急性期の副作用は、唾液腺の炎症(唾液腺炎)により食事時に痛む、口の中が乾燥する、塩味が低下するなどの味覚障害が起こることがあります。後期の副作用には、唾液腺障害・涙腺障害による口の中や目の乾燥、不妊などがあげられます。
女性では、一時的に無月経になることがあり、治療後1年間は避妊をすることが望ましいです。男性では、治療後3〜6カ月以内に精子数の減少などがみられ、精巣機能の回復までには3年程度を要する場合があります。放射性ヨウ素内用療法のあとは、男性、女性ともに6カ月は避妊をしてください。また、授乳も6カ月は避けるようにしましょう。
2)外照射による治療
未分化がんでは、術後の補助療法や手術ができない場合の治療として、外照射が行われることがあります。また、骨への転移による痛みなどの症状を緩和する目的で、外照射を行うことがあります。
外照射の副作用
放射線治療の副作用は、全身にあらわれるものと、治療する部位に起こる局所的なものがあります。また、治療中や治療後すぐにあらわれるものと、治療終了後数カ月から数年たってあらわれるものがあります。
医師、看護師などの医療スタッフが連携して副作用を最小限にするための治療やケアが行われます。
4.薬物療法
1)TSH(甲状腺刺激ホルモン)抑制療法
甲状腺刺激ホルモン(TSH)は、甲状腺を刺激して甲状腺ホルモンの分泌を促します。同時に、甲状腺がんの細胞も刺激して、がん細胞を増加させる作用もあります。
甲状腺がんの手術後、体は甲状腺ホルモンの不足を補おうとして、TSHをたくさん分泌しようとします。そのため、乳頭がんや濾胞がんで、すでに転移がある場合や手術後に再発や転移の危険性が高いと予測される場合には、TSHの分泌を抑えるために十分な量の甲状腺ホルモン薬を内服することがあります。
2)分子標的薬
再発や転移した分化がん(乳頭がん・濾胞がん)で放射線性ヨウ素内用療法が行えない場合は、分子標的薬を使った治療を検討することがあります。複数の分子を標的とした分子標的薬(マルチターゲットキナーゼ阻害薬)が用いられますが、色々な副作用を起こすリスクがあるため、病状や体の状況によっては使用できない場合があります。
近年では、遺伝子検査でRETやNTRKなどの遺伝子に変異が見つかった場合は、変異のある遺伝子を標的とした分子標的薬(選択的キナーゼ阻害薬)も保険適用となりました。これらの治療や検査が受けられるかどうかは、担当医に確認をしてください。
3)細胞障害性抗がん薬(化学療法)
分化がんに対しては用いられませんが、未分化がんの術後補助療法として使用されることがあります。
5.緩和ケア/支持療法
がんになると、体や治療のことだけではなく、仕事のことや、将来への不安などのつらさも経験するといわれています。
緩和ケア/支持療法は、がんに伴う心と体、社会的なつらさを和らげたり、がんそのものによる症状やがんの治療に伴う副作用・合併症・後遺症を軽くしたりするために行われる予防、治療およびケアのことです。決して終末期だけのものではなく、がんと診断されたときから始まります。つらさを感じるときには、がんの治療とともに、いつでも受けることができます。がんやがん治療に伴うつらさや、それ以外の悩みについても、看護師や医師などの身近な医療者や、がん相談支援センターなどに相談できます。
なお、がんやがんの治療によって外見が変化することがあります。支持療法の中でも、外見の変化によって起こるさまざまな苦痛を軽減するための支援として行われているのが、「アピアランス(外見)ケア」です。甲状腺がんでは、手術後の傷跡に対するカバーメイクなども含まれます。外見が変化することによる悩みや心配についても、医療者やがん相談支援センターに相談してください。
6.リハビリテーション
リハビリテーションは、がんやがんの治療による体への影響に対する回復力を高め、残っている体の能力を維持・向上させるために行われます。また、緩和ケアの一環として、心と体のさまざまなつらさに対処する目的でも行われます。
甲状腺がんの手術後には、早期に首のストレッチやマッサージを行うことで、首の周囲の違和感(のどのつまり、しめつけ感)、ひきつれ、肩こりなどの症状の緩和に役立つといわれています。また、発声の練習で、特に高い声を出す練習を行うこともあります。リハビリテーションの方法について、医師や看護師などの医療スタッフに聞いてみましょう。
7.再発した場合の治療
再発とは、治療によって、見かけ上なくなったことが確認されたがんが、再びあらわれることです。原発巣やその近くにがんが再びあらわれることだけでなく、別の臓器で「転移」として見つかることも含めて再発といいます。
甲状腺がんでは、もともとがんがあった甲状腺やその周辺のリンパ節での局所再発が多く、再発時には手術、放射線治療(内照射、外照射)、薬物療法が検討されます。
肺や骨、肝臓などの遠隔臓器への転移はまれですが、遠隔転移の場合は、放射線治療(内照射、外照射)、薬物療法による治療を検討します。
1)再発に対する手術・放射線治療
甲状腺がんのうち分化がんでは、再発したときのがんや転移の状態によって、手術や放射性ヨウ素内用療法(内照射)が行われることがあります。
転移したがんによる症状があり、手術や放射性ヨウ素内用療法が行えない場合、放射線外照射による治療が検討されます。
2)再発に対する薬物療法
初回の治療後に再発し、手術ができない場合や遠隔転移が出現した場合、未分化がんの再発などの場合は、分子標的薬を使った治療が勧められています。
薬物療法を行うときは、副作用への対応が重要となります。予測される副作用とその対応については担当医とよく相談をしましょう。起こるかもしれない副作用の症状を事前に知り、自分の体調の変化に気を配って、治療中や治療後にいつもと違う症状を感じたら、医師や薬剤師、看護師などの医療スタッフにすぐに相談することも必要です。
2023年12月26日 | 「甲状腺癌取扱い規約 第9版(2023年)」より内容を更新しました。 |
2023年10月19日 | 「放射性ヨウ素内用療法に関するガイドライン第6版」「甲状腺腫瘍診療ガイドライン 2018年版」「甲状腺癌取扱い規約 第8版(2019年)」「頭頸部癌診療ガイドライン2022年版」「 UICC日本委員会編,TNM悪性腫瘍の分類 日本語版 第8版.2017年,金原出版」より内容を更新しました。 |
2018年07月24日 | 「甲状腺癌取扱い規約 第7版(2015年)」「甲状腺腫瘍診療ガイドライン 2010年版」「頭頸部癌診療ガイドライン2018年版」を基に作成、掲載しました。 |
甲状腺がん 療養
1.経過観察
治療後は、定期的に通院して検査を受けます。検査を受ける頻度は、がんの進行度や治療法によって異なります。
治療を行ったあとの体調や再発の有無を確認するために、定期的に通院します。特に、乳頭がんや濾胞がんでは、10年あるいは20年たってから再発する可能性がありますので、長期の経過観察が必要になります。手術(外科治療)後1〜2年間は1〜3カ月ごと、手術後2〜3年間は半年ごとぐらいの通院が一般的です。ただし、甲状腺の全摘術などによって甲状腺や副甲状腺のホルモン薬を飲んでいる場合には、その処方期間に合わせた通院が必要になります。
通院の際には、内視鏡検査、首の触診、画像検査などを行います。なお、受診の間隔や検査の内容は体の状態などによって異なります。担当医と相談しながら通院しましょう。
2.日常生活を送る上で
規則正しい生活を送ることで、体調の維持や回復を図ることができます。禁煙、節度のある飲酒、バランスのよい食事、適度な運動などを日常的に心がけることが大切です。
症状や治療の状況により、日常生活の注意点は異なりますので、体調をみながら、担当医とよく相談して無理のない範囲で過ごしましょう。
手術後の日常生活
基本的には食事や運動などの制限はありません。首の創が気になるときはスカーフを巻くなどの方法がありますが、半年ほどで気にならなくなることが多いです。
放射性ヨウ素内用療法後の日常生活
放射性ヨウ素内用療法を実施する前後には、ヨウ素を制限した食事をします。治療後、体内から出る放射線量が基準値を下回ってから退院となりますが、退院後数日はごく少ない量の放射線が出ます。そのため、周囲の人への被ばくに気を付けた生活が必要となります。この期間を過ぎれば、食事や活動に制限はなくなります。退院後の生活の注意点については、担当医や看護師に確認をしましょう。
性生活について
性生活によって、がんの進行に悪影響を与えることはありません。また、性交渉によってパートナーに悪い影響を与えることもありません。
しかし、がんやがんの治療は、性機能そのものや、性に関わる気持ちに影響を与えることがあります。がんやがんの治療による性生活への影響や相談先などに関する情報は、「がんやがんの治療による性生活への影響」をご覧ください。
なお、薬物療法中やそのあとは、腟分泌物や精液に薬の成分が含まれることがあるため、パートナーが薬の影響を受けないように、コンドームを使いましょう。また、薬は胎児に影響を及ぼす可能性があるため、治療中や治療終了後一定期間は避妊しましょう。経口避妊薬などの特殊なホルモン薬を飲むときは、担当医と相談してください。
以下の関連情報では、療養中に役立つ制度やサービスの情報を掲載しています。
甲状腺がん 臨床試験
よりよい標準治療の確立を目指して、臨床試験による研究段階の医療が行われています。
現在行われている標準治療は、より多くの人によりよい治療を提供できるように、研究段階の医療による研究・開発の積み重ねでつくり上げられてきました。
甲状腺がんの臨床試験を探す
国内で行われている甲状腺がんの臨床試験が検索できます。
がんの臨床試験を探す チャットで検索
※入力ボックスに「甲状腺がん」と入れて検索を始めてください。チャット形式で検索することができます。
臨床試験への参加を検討する際は、以下の点にご留意ください
- 臨床試験への参加を検討したい場合には、今おかかりの担当医にご相談ください。
- がんの種類によっては、臨床試験が見つからないこともあります。また、見つかったとしても、必ず参加できるとは限りません。
甲状腺がん 患者数(がん統計)
1.患者数
年に日本全国で甲状腺がんと診断されたのは例(人)です。
2.生存率
がんの治療成績を示す指標の1つとして、生存率があります。生存率とは、がんと診断されてからある一定の期間経過した時点で生存している割合のことで、通常はパーセンテージ(%)で示します。がんの治療成績を表す指標としては、診断から5年後の数値である5年生存率がよく使われます。
なお、生存率には大きく2つの示し方があります。1つは「実測生存率」といい、死因に関係なくすべての死亡を計算に含めた生存率です。もう1つを「相対生存率」といい、がん以外の死因を除いて、がんのみによる死亡を計算した生存率です。
以下の関連情報に、国立がん研究センターがん対策研究所がん登録センターが公表している院内がん登録から算出された生存率を示します。
※データは平均的、かつ確率として推測されるものであるため、すべての人に当てはまる値ではありません。
甲状腺がん 予防・検診
1.発生要因
甲状腺がんの発生要因は、はっきりと分かっていません。
なお、甲状腺がんは、血縁者に甲状腺がんになった人がいると発生する可能性が高くなると考えられており、特に髄様がんでは遺伝の影響があるといわれています。
2.予防と検診
1)予防
日本人を対象とした研究結果では、がん全般の予防には禁煙、節度のある飲酒、バランスのよい食事、運動、適正な体重の維持などが効果的といわれています。がんの予防のために重要な生活習慣についての詳細は、関連情報をご覧ください。
2)がん検診
がん検診の目的は、がんを早期発見し、適切な治療を行うことで、がんによる死亡を減少させることです。わが国では、厚生労働省の「がん予防重点健康教育及びがん検診実施のための指針(令和3年一部改正)」で検診方法が定められています。
しかし、甲状腺がんについては、現在は指針として定められているがん検診はありません。気になる症状がある場合には、医療機関を早めに受診することをお勧めします。
なお、検診は、症状がない健康な人を対象に行われるものです。がんの診断や治療が終わったあとの検査は、ここで言う検診とは異なります。
甲状腺がん 関連リンク・参考資料
1.甲状腺がんの相談先・病院を探す
拠点病院・地域がん診療病院とは、専門的で質の高いがん医療を提供する病院として国が指定した病院です。これらの病院では、がんに関する相談窓口「がん相談支援センター」を設置しており、病院の探し方についても相談できます。
以下の「相談先・病院を探す 甲状腺がん」では、甲状腺がんの診療を行うがん診療連携拠点病院などの病院やがん相談支援センターを探すことができます。また、診断や治療の実施状況や病院の種類などで絞り込んで検索することや、院内がん登録の件数などを確認することもできます。
2.参考資料
- 日本甲状腺外科学会編.甲状腺癌取扱い規約 第9版.2023年,金原出版
- 日本内分泌外科学会、日本甲状腺外科学会編.甲状腺腫瘍診療ガイドライン 2018年版,金原出版
- 日本頭頸部癌学会編.頭頸部癌診療ガイドライン2022年版,金原出版
作成協力